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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「明けない、夜はない」
パーシーは黒茶をすすりながら、次第に収まっていく遠い火事の光を見つめた。夜、1人きりの館は広すぎて寂しい。物事を悪い方へと考えてしまう。

炎は何者かがドライアドと事を構えた証。テオを探しにいった者達だろうか。木に取り込まれそうになった若者を奪還するために火を用いたとも考えられる。だが丸木弓を持つ森が見込んだ勇士が、そんなムチャはするまい。

城に居ついた白ヒゲの吸血鬼が火を放ったのだとしたら…無秩序で破滅的な悪夢は終わるのかもしれない。ドライアドと組んだ来訪者によって。

だが、何のためにこの地にきたのだ。
身分を偽り、海を越えて。

激しく扉を叩く音に、パーシーはカップを置いた。三重の錠をはずす。錠前やカンヌキは気休めだ。一度招き入れてしまった魔物は、体を霧に変えて締め切った部屋にも入り込むという。グリエラスはそうだった。自身も眷属も、城までもが、忽然と現れては消える。

「妹の声が、みんなの悲鳴が」
銅で補強した厚い扉の向こうに、教会地下への格子戸を警備をしていたカータスが立っていた。
「世話になったって、ケニスさんの声が。兄ちゃんって妹の声も。静かになって返事もなくて」

すがって泣く若者の背をパーシーは軽く叩いた。布ヨロイに縫い付けられた鉄片は温かく、あらい呼吸に合わせて指の下で滑る。走ってきたのか。

角灯に火を移し、カギを手に教会地下へ急いだ。錠前をあけ、恐る恐る地下へ下りる。格子の向こうは無人だった。細かな灰が、光の中でゆるやかに舞っていた。

夜が深くなる刻限。星と月は霧にかすみ、慣れた道でなければカータスも走れなかったろう。それでも明けない夜はない。空はいずれ、透明で深い青色になる。灰色の霧はやがて真っ白に輝き出すだろう。

しかし夜明けをもたらしたのはテンプルではない。

カータスの次男坊にボダイジュの葉を混ぜた茶を飲ませた。朝まで眠れと送り出したあと、薄い2煎目を味わいながら、理由を考えた。

あの銀髪の魔法士は、秩序と安定を至上とするファラの弟子だ。

かつては理由もなくヴァンパイアを増やすのは禁忌だった。始祖1人に数人の公子たち…数千年間、増減はほとんど無かったと聞く。この地に広がった収拾のつかない混沌は、もっとも忌避されるもの。

禁忌を犯した者を排除し、混乱を収拾するために出向いてきた…と考えるのは、さすがに善意に解釈しすぎか。

テンプルがそうだったように、茶葉やコカラ豆、良質の材木といったこの地が産む富を欲しての事と考える方がまだ納得がいく。特に黒茶は万能薬のように扱われていると聞く。

剣や弓の数より火炎呪の使い手の数がモノを言う中央大陸では、魔力を一時的に回復させる手段として、茶葉は高値で取り引きされているらしい。

物だけならいい。人も連れ去るかもしれない。移民に偽装した食用の人間も、重要な交易品だったはず。自領の民には禁欲的な慈悲深い領主の顔を見せ、裏で遺族への配慮や対価を気にせずに貪れる贄を密かに確保するために。

いや、この地を属領にしたいのなら、あの少人数はありえないか。偽名をつかい漂泊の民に身をやつし、泥棒猫のようにアースラを噛んだ。
逃げて…いるのか。

ロバート・ウェゲナーは滅ぼされた。テンプルが差し向ける討伐隊を迎え撃つことがムリなら、逃げるしかない。避難して来たのだろうか。

ドライアドに守られたウッドランド城へは、歩いてはたどりつけない。いまだテンプルの者の侵入を許していない安全な場所。そう思って隠れ家にするために。

先住者を排除してくれたのはありがたいが…魔除けが効かず、日のあるうちも油断できない吸血鬼が代わりに居座るのでは、かえって状況が悪くなった気がする。

グリエラスのように、これと決めた贄をすすり尽すまで他の者に手を出さないというのなら、少しは息がつける。アースラが生きているかぎり、他の者は安全だ。

だがエルマーはアレフ様は殺さないと言っていた。長く生かしておくために、大勢から少しずつ飲むと。移り気な吸血鬼などハタ迷惑だと思ったが、口には出せなかった。

いずれ、どこかへ立ち去ってくれるだろうか。モル司祭が来るまでの辛抱《しんぼう》。
だが、吸血鬼は退治されたとテンプルが思い込み、討伐隊が来なかったら…始末におえない闇をいただく事になる。


朝の光の下で、村は突然の開放に戸惑っていた。祝宴を開いては、という場違いな提案は、肉親が滅びた者たちの視線にあって消えた。

遅い午前、教会地下に遺された衣類や手回り品の整理をしていた時、テオが無事に戻ったと触れ回る声が聞こえた。上がると門が開放され、人々に囲まれたテオは得意気に武勇伝を語っていた。横にいるテンプルの見習いの娘の表情を見るかぎり、かなり誇張がありそうだ。

さらわれ、宴にはべらされる順番を牢獄で待っていた者達が6人、呆然と立っていた。その手当てと、落ち着き先を決めながら、丸木弓のヒゲの男と黒衣の魔法士を探した。

やはり戻らなかったか。

安堵しかけた時、騒ぎから離れた森のほとり、暗いクヌギの下に佇む黒い姿を見つけてしまった。フード越しにテオと娘を見守る青白い顔が、こちらにむく。

目が合えば声をかけないわけにもいかない。だが、なぜ戻ってきた。気付かれていると薄々わかっているハズ。我が家は昼を過ごすのに、安全な寝所とはいえない。

皆の注意を引かないように気をつけながら歩み寄った。
「夜通し大変でしたでしょう。休んでいって下さい」
「ありがとうございます。若いもんと違ってさすがに徹夜は応えます」
ヒゲ男のダーモッドという名も、偽名だろうか。

アニーの心づくしの昼食を青白い魔法士は予想通り断わって寝室に引き取ってしまった。アニーの機嫌を治すため、可哀想にダーモッドは2人分食べていた。

昼過ぎ、しゃべりつかれたテオと、小さな顔を不機嫌にゆがめた娘が報告を兼ねて昼飯を食いにきた。同じ話を繰り返すのはうんざりと、簡潔に話して食べ終えると、ベッドに倒れ込むようにして眠ってしまった。

パーシーも椅子に座ってしばらくまどろむ。
陽光が斜めに傾く頃、目をあけると足音を忍ばせて出ていく灰色の法服が見えた。そのままま夢に落ちかけ…目が覚めた。

客室をのぞくと黒い魔法士とヒゲの男も消えていた。荷物はそのまま。戻ってくる気はあるらしい。

どこへ行ったかは予想がつく。アースラの気丈な笑顔が浮かぶ。昨夜の騒動で渇き切っているなら、口封じも兼ねて飲み尽くしてしまうかも知れない。

椅子で眠ったせいで強ばった体を、力いっぱい伸ばす。じっとしていられず、外へ出た。アニーが井戸端でノンキに話し込んでいる。吸血鬼が今うろついているというのに。

皆に警告するべきか。見てみぬふりをした方がいいのか。

顔を上げると、馬溜まりの積み草にティアとかいう見習いの娘が座っていた。手招きしている。小道の向こうにはテオの家と並ぶアースラの家。考えている間に、勝手に足が向いてしまったらしい。

立ち止まったまま、異変はないかと注視するのもはばかられる。

娘の笑顔に誘われるように、青臭い小山に腰を落とした。
「いい天気よね」
娘の視線に導かれて見上げると、すばらしい青空だった。風が気持ち良い。

「パーシーさんは、お散歩?」
「ああ、君は?」
問い返して、しまったと思った。
娘が笑う。
「見張り」
さらりとした答えだった。思わず小さな横顔を見つめた。ティアは空を眺めたまま、唐突に生い立ちを口にした。
「あたしね、クインポートの代理人の娘なんだ」

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