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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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「…千年の望み。十度生まれ変わりし我れらが宿願を、ついに果たしましたよ」
まばゆい光に満たされた舞踏室で、モルは天井に手を差し伸べ、笑った。

アレフが滅べば、しもべも滅ぶ。ティアはまだ転化していなかった様だが…身寄りの無い小娘ひとりに何ができる。師匠の後ろ盾も得られぬ辺境で、混沌に飲み込まれる故郷を見ながら、野良犬の様に野垂れ死ぬがいい。

それにしても、たわいの無い。
わざわざ身を変じるまでもなかった。

だが、多くの犠牲の末に作り上げた術式だ。
ヴァンパイアどもが執着していた、人と他の存在との融合。連中の手が届かなかった領域、作り出せなかった究極のキメラとなり、最後の1人を滅することにこそ、意味がある。

ファラの時の様な、不意打ちではつまらない。眠ったまま滅ぶなど許さない。無念で心が張り裂けそうなまま消滅してもらわねば、今生の余命を犠牲にした甲斐がない。

「吸血鬼どもを全て滅ぼし、人を解放する。世界に真の夜明けをもたらす。私が千年の夢、ここに実現せり」
薄れゆく破邪の光の中での、勝利宣言。身のうちから誇らしさが湧き上がる。

「それはウソでしょう」
喜びを打ち消したのは、ありえぬ声。消えゆく破邪の光の中に、変わらぬ黒い影が立っていた。
「なら、どうして始祖を作る必要がある?ホーリーテンプルの地下にいるアレは?あなたもテンプルも、真の夜明けなど望んでいない」

防ぐ術のない最強の破邪の呪。なぜ滅びていない。
「吸血鬼から人を守る存在として、肥大しながら永久に存り続ける。それこそが真の望み。あなた方の浅ましい夢。存続し続けるために、吸血鬼を見逃し、始祖を生み出し、闇の子を街に放つ。そうしなければ金も敬意も集まらなくなる。100年後、子孫に記憶を引き継げなくなる」

「なぜ」
ホーリーシンボルが効かないはずはない。
「地の呪で少々、相殺を。あとは崩壊するこの身を聖女が回復呪で補ってくれました。やはりティアの方が呪力では上。だから、恐れた。殺したいほどに」
語りおえた赤い口は、細い月のように釣りあがっていた。

(けど、ピュラリスの炎も効かないし、氷ももうダメっぽいよ)
ティアは心話を送りながら、癒えていくモルの背中をにらんだ。うすい翼は砕けてコブになったけど、本体をどう料理すればいいんだろう。風精によるカマイタチのキズなんて、すぐに癒える。

(ティアさんはホーリーシンボルの用意を)
は?なに考えてるのよ。
(破邪呪なら対術障壁にさえぎられない)
そりゃそうだけど。生身には効かない攻撃呪。どうやって不死化させンのよ。この化け物を。

噛みつくぐらいは…運と勇気と、牙が折れても構わないって覚悟でどうにかなる、かも。
けど、血の絆を受け付けるようなタマじゃない。それに
(殺さなきゃ闇の子には出来ないんじゃないの?)
殺れないから困ってるのに。

(不死化の準備はモル司祭がしてくれています。そして欠くべからざる触媒もそろっている)
低い詠唱。闇に紛れて目立たないけど10の交点を結ぶ黒い魔方陣が形成されてく。この形は、ホーリーシンボルの反転。
逆か。
この術式を反転させて作ったのが破邪の呪。

ドルクが剣舞みたいな派手な動きしてる。足止めかな。
しょうがない。乗ってやるか。
フリオンに油のビンを抱かせ、水晶球から呼び出したピュラリスと組ませた。
「炎のつむじ風で、あいつの毛をチリチリにしちゃえ!」

ドルクの剣と炎に惑わされてるスキに、三つ首の死角に入り、ホーリーシンボルの詠唱を始める。黒い魔方陣、その最も密な下に隠すように、白い方陣を組み上げた。

「何を仕掛けている!」
ドルクを大熊の手で払いのけたキメラが、闇にたたずむアレフに迫る。
「ビカムアンデッド」
応えたのはうすい笑みと冷静な声。そして呪を締めくくる発動の詞《ことば》。

湧き出した闇が渦巻き、キメラにまとわりつき這い上り、その身を侵していく。
「貴方がバフルで使った、不完全な術式の組み換えです」
「いちど見聞きした術を模倣する…か。相変らず小器用な。だが、マネで私は倒せない!」
黒い霧をまとって、アレフに突進しようとするケンタウロスが方陣から外れる前に、叫んだ。
「ホーリーシンボル!」
スタッフをつき、方陣にありったけの力を注ぎ込む。
清浄な光が黒い霧とともに、転化しかけていたケンタウロスの半身を飲み込んだ。

人と獣の絶叫。伸びてきた大ザルの前足から身をかわし、アレフが廊下に退避する。サソリの尾が蒸発し、骨までむき出しになってドラゴンの下肢が崩れていく。

黒い剣を杖にドルクは立ち上がった。獣化した足をたわめて跳ぶ。ウロコと対物障壁を失った背、毛皮との境に、体重を乗せた剣を振り下ろした。背骨にぶつかって両断とはいかないが、そのまま腹まで斬り下ろす。

剣を投げ捨て、血を浴びながら、創傷に手を突っ込む。異なる組織の継ぎ目、脈動する肉の奥で、硬い滑らかな石を掴んだ。直後、橙色の腕に払われた。全身の骨がきしむ。転がって壁にぶつかった。だが握りしめた手の内に紅い石はあった。

異形の司祭が唱える治癒の呪。刀傷から肉芽が盛り上がる。失われた下肢も、灰化しなかった…生身のままだった赤剥けの肉やハラワタからブドウの房状の肉が生まれ膨れ、補っていく。

いや、違う。肉の表をおおうのは硬い殻とぬめる粘膜。生えて来たのはヒヅメとヒレと触手。無秩序に様々な組織が分化し混在していた。
「か、体が、体が、脹れる!裂ける!」
モルの叫び。裏返った甲高い声。

無数に生えてくる四肢が、まばたき産声を上げながら現れる幾つもの頭が、うごめく尾が…伸びると同時に本体に亀裂を走らせる。苦鳴が吐血にさえぎられる。表皮の成長が内部組織の増殖に追いついてない。筋肉や筋、骨までもあらわにして、オオトカゲの尾が落ち、ヒヅメがついた肢がもげる。膨れて裂けて再生するイビツな肉の球と化した本体から、人に近い上半身も剥落した。

麦わら色の頭が床にぶつかり、太い腕がのたうつ。アレフは駆け寄った。
「解呪法は」
戻す方法は無いと分かっていても、聞かずにはいられなかった。もし見つからない衛士のイモータルリングを、たわむれに一度でもはめていれば、あるいは…

「もう、おそい…」
モルが血の泡を吹く。むき出しの内臓が肉芽を無秩序に生みだしては崩れ、流れ出していく。
崩壊が進む本体も、生じる組織が次第に小さく短くなり、血と断片を周囲に広げながら氷の様に解けていく。

「これが、今生での貴方の成果か」
「…長生きは飽きました。老いても生き続けるのは疲れる…いつまでも若いあなたには分からないでしょうが」
英雄モルは長寿だったと聞く。開祖モルも長命だった。だからといって…いや、よそう。

たとえ前世の記憶があろうと、モル・ヴォイド・アルシャーとしての生は一度きり。そんな分かりきった事でも、いまわの際に聞かせるのは残酷だ。それを言う資格もない。

弱いと、すぐに倒せると、私が侮られていたことが、この若者に性急な方法を選ばせた理由かも知れない。

ファラ様の様に強大であれば。用心深く狡猾であれば。眠り姫などという、ふざけた二つ名をいただくような、無能で卑小な存在でなければ。
彼も時をかけ思考をめぐらせ…その過程で、受け継いだ記憶に流されぬ強い自己を確立できたかもしれない。

「私はまた戻ってきます…私の子孫の中に。ファラの弟子なら私の血を受け継ぐからといって罪もない者を殺す…など」
モルは勝ち誇ったように笑った。
「70年後にまた再会を……」
モルの息と鼓動が止まった。内臓の崩壊も止まる。胸から上は人の姿を保ったまま、冷たくなっていく。

見開いた目をなで、閉ざしてやった。
「そんな遠い再会を待つ気はありません。未来へ行くのは貴方だけ。それに、寝起きの悪い危険な英雄を、わざわざ目覚めさせる親切心も持ってません」

ホーリーシンボルに全精神力を注ぎ込んで座り込んでいたティアがふらりと立ち上がる。
「バッカみたい。自分にかけた術が暴走して壊れちゃうなんて」
動かなくなった肉塊をスタッフでつつき、ワザと踏みしだき、モルの死に顔を覗き込んであざ笑い、悪態をつく。

むくろ相手に父親の遺恨を晴らしているティアは放っておいて、紅い石を握りしめたまま、壁際で震えているドルクに治癒呪を施し、ねぎらった。
「ありがとう。賢者の石を奪い返してくれて」

渡された紅い石を見つめる。先史文明の遺産。今の技術では作れない触媒。これを砕いてしまえば、不死化の呪は当分使えなくなる。いずれ再現する者が現れるかもしれないが、百年や二百年ではムリだ。


私と、ホーリーテンプルの地下に閉じ込められている、作られた始祖が滅びてしまえば、この世から不死者はいなくなる。モルの記憶を受け継ぐ者も、当分は現れない。

血に染まった紅い石。
命をゆがめ、作り変える、暗い卵。存在そのものが禁呪といえる。方陣と星辰と贄が整えば、影の無い身を、実体に戻すことさえ可能だと、ファラ様が残した書にあった。

森の大陸で失われた…いや、奪ってしまった数万の命。ファラ様の滅びと共に、40年前、ここで灰となったネリィ。この賢者の石があれば助けられたかも知れない。生身に戻せたかも知れない。

不可能だったと、ありえないと、理性は否定しても、握りしめた可能性と手段の実在が、胸の奥から後悔を引きずりだす。
掲げた紅い石が、目を射るように鮮やかに輝いた。

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