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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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夜空を映す黒い湖面。水平線のあたりに揺れるかがり火を、アレフはうろんな光に感じた。人を底なし沼へ導くという青白い燐光の話を思い出す。ウォータの生ぬるく湿った気候に慣れられず、気分が滅入るせいかも知れない。

波間に映る灯が死地へ導いているのは、人ではなく透き魚。大湖の沿岸に仕掛けた網へ半透明の小魚を追い込む手こぎ舟の明りだという知識はある。だが、ぬかるんだ道や、板に干された魚、棒に掛けられた魚網から漂う臭いが、深い森の腐敗した沼を連想させる。

しばらくは湖岸の街ウォータから動けない現状を、泥に足を取られ深みから抜け出せないもどかしさに、なぞらえているのかも知れない。

理由は手形の割引料。しょせんはニセ商人。あきないの対価ではなく、路銀を都合するために振り出しては現金化する手形。バフルから離れるにつれ、決済の期日は伸び、利息代わりに両替商に取られる割引料は無視できない額となる。

サウスカナディ城へ立ち寄る為に仕立てた馬車。あれもかなりの散財だったが、そのために振り出した手形の割引料だけで、馬車馬がもう1頭は買えた。湖面に三角の陰を落とす、アシぶきの小屋で身を寄せ合って眠る一家なら、1年は楽に暮らせる金だ。

金の生る木など存在しない。金の出所をたどれば、東大陸で似たような暮らしぶりをしている者達の稼ぎからむしりとった税。小麦を買う金にも事欠き、時おり餓死者を出していた数十年前と今とでは、財政状況がいちじるしく違うとはいえ、無駄にしていいものではない。

だが、手持ちの資金のうち半分以上を、ウォータの教会や両替商経由でキニルの口座に移す手続きは煩雑で、あと何日かかるか分からない。最終的には天候次第。鳥が運ぶ通信筒と、烽火塔の色煙と手旗信号による確認が済むまで動けない。

一つの場所に長く留まれば、必然的にくちづけを与えた者が増えることになる。それだけ正体を暴かれる危険も増える。昼間は寝室にこもり、夜はこうしてランタン片手に散策をする習慣を、奇異に思い始める者もいるだろう。

夜道を照らす必要のない目を持ちながら、あえて手に持つこの明りこそが本物の鬼火か。ホヤのまわりを飛ぶ蛾のように灯火に惹きよせられてくる者に、金のかかった身なりを見せつけるための光明。懐にのんだ財布の重さを期待させ、ひとけのない場所に誘わせて、これまで2人ばかり餌食にした。だが今夜はアテが外れた。そういった者達の間でも、良からぬウワサが広がり始めているのかも知れない。

となれば、夜も明けぬうちから1人で起きている者の戸を叩き、なんとか開けさせて家に入り込むしかない。この町の住人は働き者だ。豊富に取れる魚油が安いせいだろうか。深夜まで…あるいは朝早くから、明りを灯して手間仕事に勤しんでいる。

静かに波が打ち寄せるアシの向こう、繊細な葉を閉じて眠る木の下にも小さな明りが一つ。仕事をしているのは三十路前の女が1人。他の家から少し離れているのも、都合がいい。多くもらうつもりはない。ほんの一口。これ以上、くちづけを与えた者を増やさないためには、特定の相手を決め長もちさせるという手もある。

「夜分遅く申し訳ありません。少し難渋しております。この戸を開けていただけますか」
ていねいに優しく、魅了の力を込めた声で誘う。夜半から集中して細かな仕事をした夜明け前。眠気をもよおし、正常な判断力が失われる頃合。

立ち上がる気配とあくびとため息。わずかに開いた戸からのぞいたトビ色の目の婦人に笑みかけ瞳を捕らえた。上気した頬とため息に、期待が高まる。
「中に入れていただけますか。お手間はとらせません」

開かれた板戸の向こうは狭い土間とテーブルに寝台。狭く質素だが清潔に整えられていた。頭をすりそうな低い天井だが、思ったほど湿気はひどくない。そして部屋の中央に、四角い枠にかかった美しい色彩と、使われた糸が並んでいた。

「どう、なさったのですか」
「あなたの助けがどうしても必要で」
わずかに残った理性の結び目を解きながら、戸を閉め、そっと抱きしめる。
「私のものになっていただけますね?」
うなづいた彼女のおとがいを上げさせ、なめらかな首筋に唇をはわせた。

拒絶の意思がカケラも感じられないのが嬉しい。ここ最近味わってきたのは、金目当てで襲ってきて逆に餌食となった者達ばかり。驚愕や怒り、恐怖や憎悪といった荒々しいもので一杯の心は、魅了の呪もかかりづらい。結局は力づくということになる。それも嫌いではないが、己が心の嫌な部分までかき立てられる。そして、あの娘の事を思い出す。

噛もうと口を開いた瞬間に浮かんだ、怯え震える体の感触。罪が無いといえば、あの娘もこの婦人も同じ。止めようかとも思ったが、結局いつものように牙を突きたてた。


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