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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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──この短編は「夜に赤い血の痕を」四章 1.トラブルメーカー のサイドストーリーです──

『メイド・コスプレ、却下のワケ』

客たちが慌しく出て行き、薄暗い雑貨屋は貸しきり同然となった。仕方なく店内を見回していたドルクの目が止まったのは、ビンに詰められた優しい色の粒。赤、黄、緑、白…
「糖蜜星ってんです。飴みたいにべトつかないしカビもふかない。旅のお供にいいですよ」

頼んだ茶葉の包みをカウンターに置いた店主が、いかにも女の子が喜びそうな砂糖菓子を棚から取り、オマケだとロウ引き紙に包む。値札を見れば買い求めた茶葉の倍の値。
媚びた笑みがぎこちない。

急ぎの旅の途上。
昼をやり過ごすのに立ち寄った、街道沿いのせまい町。窓を閉め切った箱馬車から降り立ったのが領主アレフ様だと、世界で一番貧しい大陸を封土とする太守だと、とおに知れ渡っているらしい。

同時にわたくしが吸血鬼の従者であることも。
御者台で姿をさらしていたから、当然か。

本来、アレフ様の“口づけ”を受けるべき町名主は、留守だった。数日前に首都バフルへ出立したとか。
身代わりを押し付けられたのは、やせた養女。下女同然の扱いを受けていた遠縁の娘。手を付けられずに帰された事も、町中のウワサになっているのだろう。

お気に召さなかったワケではない。今は血を必要とされていなかっただけのこと。
わたくしも夜通し馬車を操るため眠気覚ましの香茶を求めて、宿と定めた館を出てきたにすぎない。アレフ様の好みに合う贄を見繕いにきたのではない。怯える理由はないと…説明するまでもないか。

地下に光の入らぬ寝所を備えた館で少しお休みいただいたら、夕方には北へ向かって立つ予定だ。

考えているうちに、高価な砂糖菓子は黒い上着のポケットに押し込まれた。

店主に礼を言い、茶葉を小脇にかかえ店を出た。注目と囁きに囲まれながら、土の道を歩き、素焼き色の館に戻る。

不当な好意を断りきれなかったのは、昨日から主と同席しているティア嬢のせいかも知れない。歳のわりに冷めて見える、金茶の髪をした見習い聖女。港町を差配していた代理人ブラスフォードの忘れ形見。

愛らしい顔立ちを台無しにする厳しい紺の眼。開けば辛らつな言葉が飛び出す歪んだ唇。だが、甘い菓子を味わう時くらいは、花の様にほころぶかも知れない。


門前で、土ボコリにまみれてしまった馬車を黒く磨きあげ、2頭の馬をわら束でさすっていた老人をねぎらってから、館の鋲打ち扉を開けた。

ティア嬢は灰色の法服を着てスタッフを手にしたまま、玄関ホールの壁にもたれていた。

奥から出てきた接待役と称する恰幅のいいエプロンドレスのご婦人に、遅い昼食を頼み、二階に上がろうとして、ティア嬢がついてこないのに首かしげた。
「お昼は召し上がられました?」
首をふるティア嬢に手を差し伸べる。
「ご一緒しましょう。ムサいひげヅラで宜しければ」

金茶の髪の娘をエスコートして2階のバルコニーのある部屋に入ったとき、懐かしさを感じた。40年前にも温かな娘の手をとり、よく昼のお相手をさせていただいた。

アレフ様に合わせ、夕べに目覚め、朝には横になっていらしたネリィ嬢。時たま昼過ぎに目覚められ、お食事に付き合いながら、貴婦人としての礼法やら教養を、僭越《せんえつ》ながらご指導させていただいた。

いや、比較しては失礼というもの。
仮にもティア・ブラスフォード嬢は、クインポート代理人のご令嬢。城暮らしに憧れる農家の娘とはワケが違うはず。

野良仕事で肌ばかりか髪も焼き、色が抜けて…
小麦色の肌にかかる表面だけの金髪は、ティア嬢も同じか。
鍛えられ引き締まった逞しい腕。
農具や牛と格闘していたネリィ嬢と同じくらい、ティア嬢の手も硬くカサついている。

背もたれが高い布張りのイスを引き、無垢材のテーブルに導いた。
接待役の婦人と共に白いテーブルクロスを広げ、中央にパンかごを置き、銀のフォークとスプーンを整えた。料理人が息を切らして運び込んだ寸胴ナベは、サイドテーブルに据えさせた。
「お手数お掛けしました。後はわたくしどもで致しますので、皆様はお休みください」

料理人とエプロンドレスの婦人を下がらせたあと、楕円のスープ皿に金色の上澄みをよそい、塩粒で味を調え、香草の葉をちぎって落としてから、ティア嬢の前に置いた。

なべの中にはこぶし大のバラ肉が浮かび、皮を剥いて割ったイモと細切りニンジン、乱切りのキャベツが沈んでいた。

小ツボに用意された調味料は、あら塩の他に、削ったチーズ、卵と油のソース、コケモモのジャム。
キャベツとイモはチーズ。ニンジンは卵ソース。肉は酸味の強いジャムというのも面白い。

「のんびり食べててイイの?ご主人様の昼の警護は」
スープをひとサジ飲んだティア嬢が、パンを浸しながら問う。
「買い物のついでに町を見てまいりましたが、のどかなものでした」クインポートと違って、この町の住人に反意はない「それに、わたくしがここに居る以上、地下の寝所には誰も近づけません」

この部屋にある、黒くいかめしい扉の奥にある階段だけが、アレフ様のもとに通じている。ティア嬢の背後、渦の形に細工された黒鉄のヒンジと、扉を埋め尽くす複雑な模様。あれらは入るべからざる者に畏怖を植えつける結界の方陣。

テーブルにつき、スープを飲んでみて感心した。材料をナベに放り込み煮込んだダケにしては、なかなかに美味。干しアンズを焼きこんだパンは昨日のものらしく少し固いが、十分に香ばしい。

からになった皿を一度下げ、ばら肉を乗せ切り分ける。コケモモのジャムを添えていると、ティア嬢が立って覗きにきた。
「面倒くさいから、いっぺんに入れちゃわない?」
「山盛りになりますよ。味も混ざるし。もし毒や異物が入っていた時の事など考えますと…関心しません」
「物騒なこと言うわね」

とろける脂身に果実の酸味を添えて、やはり正解だった。赤ワインの水割りとの相性も良い。
「給仕、サマになってるじゃない」
「側仕えとして上がる前に、厳しく仕込まれましたので」

とはいえ、主が生身の客人を迎えた時以外、発揮する機会はなくなってしまった。思えば給仕も40年ぶり。手が覚えていてくれて助かった。

もう一つ、主の飲み物を用意する方は、今なお大事な役目だが…ワインを選んだり、果汁を冷やしたり、茶葉を吟味し新鮮な牛乳を調達していた頃とは違って、あまり心楽しい仕事とはいえない。

主がこれと選んだ者を、なだめすかし、説き伏せて館まで同道し、入浴させるついでに衣服を改め、身と心に凶器や毒物を帯びていないかどうか確認する。

理不尽な運命に、驚き怒り嘆き絶望する者達の、暗い感情を受け止め、吐き出させ、泣きつかれて諦め、抜け殻の様に大人しくなった頃合を見計らって、主の元に連れて行く。

何度くりかえしても慣れられない。
誇らしさも達成感も感じない。
贄がたとえ、罪深い者であっても、やりきれなさが残る。

考え事をしながら野菜を盛ろうとして、うっかり手にキャベツを落とした。
城に侵入した3人の法衣や銀のヨロイを脱がせ、銀のネックカードや護符を外した時のヤケドの痛みが、ふと指先に蘇る。

「もしかして着替えの手伝いもしてる?」
明るく問う声。作り笑いを口に刷《は》き、首をかしげて見せた。
「アレフって、自分では靴ヒモを結べなかったり、ボタンもはめられなかったりする?」
身を乗り出したティア嬢の口元は、ニンジンをあえた卵ソースで白く染まっていた。

「そんな事はございませんよ。いや、お着替えは手伝わせていただいてますが」
つまんないと口を尖らせるティア嬢に違和感を覚えた。どうも令嬢という感じがしない。ネリィ嬢よりガサツに思える。男手ひとつで育てられたせいだろうか。

「あたしには無理だなぁ。野郎の着替え手伝うなんて」
「当たり前です、うら若いご婦人がそのようなこと」
「馬車は操れるけど、御者台には上がらせてくれないんでしょ」
主の命に関わる事柄に、ティア嬢の手を煩わせることなど、考えられない。たとえ、テンプルの者でなくなったと当人が主張しても、断崖の道でワザと馬を暴走させて海に突っ込まないという確信がもてない。

「じゃあ、助けてもらった恩はコレで返すしかないか」
ぐっと握りしめた拳に…第二関節や指の付け根、骨が透けて見えるはずの場所に、不自然なくすみがあった。

ネリィ様を思い出させた手の荒れは、鋤や鎌ではなくスタッフや剣の修練の成果。手の甲のタコは素手による格闘術を嗜《たしな》む者の証。
「拳で…でございますか」
そういえばクインポートで司祭相手に結構な腕前を披露していた。

イモを皿に盛り、チーズをかけながら、ウワサに聞いたテンプルの起源を思い出した。

教会が文字と数字を人々に広め、手紙や為替を扱うようになり、帳簿上の金の差を埋めるべく金貨を駅馬車で輸送するようになった時…賊の襲撃から金と大事な文書を守るために組織された武装集団が、テンプルの元だとか。

「馬車や要人の警護が、元来の生業《なりわい》でございましたね」
「研修期間は短かったけど…イザとなったら身を盾にする覚悟ぐらいあるよ」
「それは心強い」

冗談に紛らわせようとして…気を引き締めた。権勢欲や野心は、機会があれば心にはびこる雑草のようなもの。お父上が滅ぼされたのを好機と思う何者かに、アレフ様が狙われないという保障は無い。

「でもアレフ様には申し上げない方がよろしいでしょう。うら若い娘に庇われるなど、まず受け入れられないかと」
「実がないプライドなんて、とっとと潰しといた方が本人とまわりのためだと思うけどな」
「では、身体を張っていただく優秀な警護人に、手付けとしてこれを」
「あたしはハシタ金なんかで…」

ロウ引き紙から透けて見える、糖蜜星の柔らかな色彩に、不機嫌そうな顔がほころんだ。
イモを潰す手を止めて、菓子の袋を光に透かせている顔は、歳相応にあどけなかった。


それから数日後…。

小さな駅に住み込んでいる管理人一家に断って、ドルクが井戸を使っていた時…珍しくアレフ様が馬車から降りて、婦人に何か尋ねていた。

背の高さを聞いていらっしゃるようだが、はて?

一緒に降りて、油断なく目配りしているティア嬢の…いや、ティアさんの警護ぶりを少し眺めてから、息の荒い馬たちに水を与えた。次の宿場町まで走らせても平気かどうか、馬蹄を検分していた時、不意に馬に蹴られかけて跳びのいた。

「法服は絶対に着替えないわよ」
ティアさんの硬い声に、馬たちは驚いたようだ。
「それもエプロンドレスにだなんて、ナニ考えてるのよ」
初冬の氷雨より厳しい声色。

「何って、先日の様な騒ぎを避けるためには随行者らしい服装に替えた方が何かと。つまり貴女の身を守るために」
馬より鈍感な…いや、図太いアレフ様は説得を試みておられるが…。

平時ならば、いらぬ揉め事を避ける手段として、地味なドレスをまとうのは正しい方策だ。
しかし生存率を上げたいのならミスリルを織り込んだローブ以上の装いはない。あざとい言い方をするなら、生きた盾としての性能が上がる。

「あんた、バカでしょ?」
今は非常時。ティアさんの言い分が正しい。
心話で助力を求める主に、笑って首を横に振って見せた。

 了

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