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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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霧をふくんだ夜風が無数の葉をゆらせる。つややかなトネリコ。裏の白いカシ。赤き賢人スギの針葉。馬車の行く手、木の根に侵食されかけた街道には、枯れ葉と細き月明りの、かそけき舞い。

御者台で感じる木々の芳香に、アレフは懐かしさを覚えていた。ここは東大陸の植物たちのふるさと。グリエラスによって耐乾性を与えられた種子をたずさえ、人々は河口の港から旅立った。海の彼方の荒れ地を目指して。

だが、造船でも名高かった貿易港シルウィアは、見る影もなくさびれていた。大河コクトスを下る筏《いかだ》や平底船も見あたらない。並行する街道にはハンノキやヤナギが迫り、轍《わだち》も消えかけている。

まろうど…
まろうど?

おなじ、まろうど?

あらたな、まろうど。
うるわしい、まろうど。
なつかしい、まろうど。
こんどは、まことの…

「なんか葉ずれが騒がしいんだけど」
横で毛布に包まっていたティアがつぶやく。もう1人で馬を御せるから車内で眠れと言ったが聞く耳をもたない。初日に馬を暴れさせてひどい脱輪をしたのは確かだが。かなり信用を失ったらしい。

月の細い夜。人の目では、緑鮮やかな梢《こずえ》と夜空の見分けもつき難い。東の空が白むまでは、ゆるやかに心と視界を重ねてはいるが、石や根、道のくぼみに私が気付かないかぎりティアも気付く事はできない。横に居ても役には立たないのに。

「夜目が効かなくて悪かったわね。それより、まろう…ナンとかって、言葉みたいな音は何?」
「客人《まろうど》。幼い樹霊は物見高い。遠方から来た我々が珍しくて、ウワサしているんだろう」
「木が?」
笑いかけたティアに口をつぐむよう、仕草で注意する。

「ウッドランドでは、森や木の悪口を言わない方がいい。道に迷ったり根につまづいたり、ロクな事にならない」
「緑の髪の乙女?若い男を樹の中に引き込むドライアドねぇ。心配することないんじゃない?ン百歳のジジイなんて思いっきり対象外。それに女がいたら姿を見せないんでしょ」

ここのドライアドは樹と人を融合させて、グリエラス・フリクターが作り出した眷属だ。昔話の樹精とは性質や性格が異なる。樹と共に滅びるのを良しとせず、時を操り休眠を駆使して数千年の永い時を生き延びてきた、最古の老女達。

「彼女たちが棲む大樹は、森の最深部。ウッドランド城を囲む森にある。ここらにいるのは、ドライアド達の子孫。知恵ある木には違いないが、人型を取ることはない」
「でも、切り倒すと赤い樹液とか出そうよね。薪《まき》を取ったら痛いって大騒ぎ。木の実を食べたら子殺しの極悪人として一生恨まれちゃうとか?」

「森に火を放ったり、断りもなく斧を振るえば報復もあるだろうが…木の実や香茶の元となる若葉を取るのはかまわないはずだ。その分、新たな苗木を植えれば」
下草を刈り取り、増えすぎた草食獣を捕らえ、込みすぎた枝や若木を間引く。この地に住む人は、森のために存在する。

ここでは、人が樹上で生きる手の長い獣だった頃の暮らしが、続いているといえる。もちろん果樹や茶樹の人工林は存在するし、ソバも栽培されている。だが、大規模な牧畜や畑作は行われていない。

後ろからついてくる荷馬車とドルクの気配に耳を済ませる。サケやマスが川を上る季節以外は、海から届く干し魚がたより。野鹿や野ウサギは簡単に捕れるものでもない。塩が貴重な山里では燻製《くんせい》も贅沢品だ。

「森のにおい…変わった?」
ティアの言葉に、夜明け前の空気を吸い込んでみる。湿った枯れ葉と朽木と、キノコの香り。注意深く森を見ると、切り株や三角に組まれた太い枝が木の間に見えた。キノコの栽培地。人里が近い。

「順調ならそろそろラウルスにつくんだっけ。南東のドラゴンズマウントへ向かう街道の分岐点」
自分では暗くて読めない地図をティアが取り出し、眼前に突きつけてくる。
「門は閉まっているはずだ。夜が明けるまで入れないだろう」

門が開いたとして、聖水等による魔か人かの判別があったらどうするか。道の彼方に見えてきた、尖った丸太の壁と見張り台を眺めながら、何とかあざむく方法はないか、考え始めていた。

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