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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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女性
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「やっぱり、消えてないねぇ」

アースラは窓辺でため息をついた。まだ若かった頃、夫がシルウィアで買い求めた高価なガラスの手鏡を、のぞき込む。
しのび寄る老いが刻みつけた細い横ジワも哀しいが、頚動脈にそって並んだ2つの赤い痕に気がふさぐ。

教会の地下にいたみんなは滅び、夜明けには灰すらきれいに消えたらしい。でも、あたしの首筋には呪いの印が残っている。
パーシーの言うとおり、あたしを襲ったのは森の吸血鬼じゃないらしい。

英雄気取りで浮かれている甥に、どうごまかしたものか。数日間なら最後に噛まれたからと言い訳できる。でも、その後は?

暮れの光が混ざる空を見上げた時、背後から抱きすくめられた。冷たい手が口をふさぐ。

手鏡に目を落とした。白い手も上等な黒服に包まれた腕も、目には見えても鏡には映ってない。変にゆがんだ唇と妙なシワが寄った服だけを映していた鏡が、手から落ちて欠けた。

台所へ、暗がりへと引きずられてゆく間、歯を食いしばって蹴りたいのをこらえた。首を力づくで傾けられた。よほど顔を見られたくないらしい。減るもんでもあるまいに。ケチくさい。

わずかに目に入るのは上等のリネンみたいな細くて白い髪。見舞いに来たオリン婆さんが話してた。干し魚を運んできた占い師が変な髪の色をしてたと。さらしたリネンのような色だったと。

喉の傷を探るおぞましい唇。ついうめき声がもれる。夢見心地にさせる術をかける手間も惜しむのかい。若い娘ならともかく、中年に偽りの恋を仕掛ける気にはならないと?

一度ふさがった傷を開かれる痛みに身をよじったが、頭をつかむ手と胸を巻く腕はビクともしない。鉄の腕《かいな》とはよく言ったもんだ。

熱い出血を首筋に感じた。啜りとる音と、1滴もこぼすまいとうごめく舌と唇の冷やりとした感触。人に化けたヤマビルにはり付かれているみたいだ。

(…なぜ、前の様にあらがわない?)
心の中に聞き覚えのない男の声が湧いた。血の味に溺れそうになるのを抑え、ワナに怯えて、あたりの気配を探っている。戸惑いも不安も、あたしのモンじゃない。

(忠告どおり別の者にすれば良かったのか)
夜だってのにはっきり見える立派な広間。大きなガラス窓。小娘が灰色のそでを振って示す先には、血でまだらに染まった肌もあらわな男や女。死体に見える。だけどまだ息がある者がいるらしい。

同情も欲もなく、ただ目に映る光景。あたしが夫の灰を見つめていた時のようだ。雑巾のように疲れてすり切れた気持ちが、娘の笑い声に引っかき回される。
「失血死させちゃっても、バックスが殺ったことに出来るよ?」
驚きと腹立たしさと愛おしみ。小娘への複雑な思いが静まらないまま、夜明けの来る方へ、放置された温室へ逃れて回想が終わった。

(ワナならワナでもいい)
光の中で消滅する身体。最悪の明日を思い描き、血を啜るのをやめて、治癒呪をつぶやく。染み出した数滴を舐めとりながら、自らをあざ笑う魔物を首筋に感じた。

まったく、その辺のバカな男共とおンなじだ。てめーだけが苦労を背負い込んでいるような気になって。カッコつけるわりに、意気地なしで。

(ワナなん卑怯なマネ、誰がするかね)
心話ってのは、これで良いのかね。エルマーさんの声は、耳に心地よかったけど、話しは抽象的で分かりにくかった。小難しい夢みたいなことばかり言ってた。

(口付けを受けたら、おとなしく次の訪れを待つ。他の者に迷惑かけないようにするのが、昔からのオキテだよ)
胸を締め上げ口を押さえていた硬い手がゆるむ。覚悟したフリをして、手を離したら悲鳴を上げるのではないかと恐れながら、少し手が下がる。

そのまましばらく様子を見ているような静けさが続いた。
不意に解放されたアースラは、支えをうしなってよろめき、テーブルに手をついた。

「乱暴して、すまなかった」
違和感をおぼえる感情や思考が心の中から消えてく。反省と敗北感を最後に、心も解き放たれた。

振り向くと白い男が立っていた。幽霊みたいに薄くて細い。こいつがエルマーの片恋の相手。あたしの初恋を邪魔した恋敵かい。死人らしく生気も覇気も感じない。そのまま影に解けて消えそうだ。

「もう、いいのかい」
力なく伏せられる目。
「…ありがとうね」
「礼を言われる理由がない」
「あたしの夫のカタキを取ってくれたんだろう」

「私はあなたの甥を巻き込んだ」
「守って、くれたんだろ?」
「そもそも、私があなたを噛まなければテオは危険を犯さなかった」

「あたしらを助けてくれたんだろ、悪い吸血鬼から」
「不死者となった者達を数万人、消滅させた。それに何をもって悪と分類するのか、私にはわからない」

「でも、呪われた身から救ってくれたんだろ」
「私も、呪われた身か?」
何なんだい、このグジグジと湿っぽく笑うヒネクレ者は。

「グリエラス様に噛まれた娘は、子供心にも幸せそうにみえたよ。だけど、あいつらに噛まれたモンはみんな、辛そうで苦しそうで。あたしの夫なんざ見ていられなかった…楽にしてくれたんだよね」

あたしを噛むまいと、閉じこもった寝室で壁を引っかき、腕を食い裂き、朝日の中にとび出してったバカの背中が頭をよぎった。涙がこぼれないよう目をそらした直後、肩を掴まれた。

「不幸なら死んでいいのか、殺していいのか。幸せだけが命の価値なのか。誰かのために今日を生きねばならぬ者がいたはずだ。どんな状態であっても今日も生きたいと願った者がいたはずだ。なのに、私が…」

痛みの中で、目の色も薄いと変なところに感心していた。間近で見る怒った顔がキレイに思えるのは、いまさら瞳の魔力にかかったってコトなのかね。

「すまない、八つ当たりだ」
肩から手が離れた。白い頭と顔の上半分を黒いフードで隠して、足音もなく狭い家を出て行く、黒い後姿を見送った。

もう来ない気がした。
ほっとしていいのに、少し寂しい。噛まなかった夫を、噛んだあいつに重ねていたんだろうか。浮ついた気分が不思議だった。

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