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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「こんな感じでしょうか」
歌い終えた見習い聖女の頬は赤らみ、こげ茶の目はうるんでいる。カン違いしないようにモリスは気を引き締めた。この娘が心動かされているのはオレじゃない。歌に興奮してるだけだ。

「聖堂に響く荘厳な和音になりたいと願ってきたけど…こういう歌もあるんですね。単純なのに力が湧きます」
「はやり歌さ。ただの」

返された紙片には、数行の文字列。ウェンズミートからの速文に書かれていた意味をなさない文字と数字。だが音楽を学んだ者は音を読み取り、心をとりこにする旋律を蘇らせる。書き添えられた詞《ことば》は子供にも分かるやさしさ。

森のおく 五つの塔の 闇の城
見上げるは 金の聖女と 村の若人
月の下を 炎を巻いて 走り行く
真っ赤な悪夢 終わらせるため

「モリス様、お上手です」
「おめぇさんは、若いのに世辞が上手いねぇ」
音符は読めないが、聞いて覚えるくらい誰だってできる。

それにしても耳につく歌だ。子供に鉱夫に野菜売り、酒場だけでなく道や仕事場で、ふと気がつくと誰かが口ずさみ、いつの間にか合唱になっているという報告も、大げさではないかもしれない。

「5番まで旋律は繰り返しです。この音階、夜明け前の古い資料にあった楽譜に似てますね」
そのへんは専門家にしか分からない領域だ。

「これ、手間賃な」
厨房で調達した、蜜で練った炒り麦の菓子を渡すと、聖堂付きの見習い娘は歓声を上げて、駆け出した。あの歌を口ずさみながら。稽古場のスミで様子を見ている仲間の下へ。

キバ光る 死人の群れに いどむ4名
若人が 剣で道を 切り開き
狩人が 雨と降らせる 銀の矢は
魔法士が呼ぶ、風に乗って飛ぶ

モリスも歌いながら庭を突っ切り階段を駆け上がる。心なしか足取りが軽い。ホーリーテンプルの白い建物群が眼下に広がる。今日も良い天気だ。昼には鮮やかな光彩が見られそうだ。

白きヒゲ 紅い衣の 吸血鬼
剣と火を はじく邪悪は 手ごわいが
命かけ 金の聖女は 跳びかかる
捨て身で放つ、光の御ワザ

警護の騎士に目礼し、控え室のミュールに笑みかけ、副司教長室に入る。カーテンをなびかせ書類棚をなでる風は、まだ朝の香りを残していた。
「力強いが物悲しい武勇歌だね」
「おっと、お耳汚しを」
ハト小屋から回収した速文をメンターに渡した。

「最後は村に平安をもたらした聖女と村の剣士の愁嘆場です」
他人の色恋沙汰と失恋は、ヤジウマ連中の大好物だ。

「教会が文字を人に広める前。吟遊詩人の素朴な歌声が、過去と他所の出来事を知る唯一の手段だった時代の旋律だね。流行りそうかね」
「禁じるか?攻撃呪を使えぬハズの聖女が、吸血鬼を倒すなどありえない。人心を惑わす、間違った歌だって」

事実だろうがな。
若い娘のクセにたった一人でキニルにたどり着いた強運と意思。ティアならやりかねない。

キニルでは行方不明者と不審死を遂げる者の数が少し減り、施療院に収容されていた犠牲者たちのうち、3人の呪縛が解けた。間違いなくバックスは滅びた。

「リュート弾きに、アレフの口付けを受けた者がいたか。特定できたところで、もうウェンズミートには居ないだろうね」
「こっちが全文。少しずつ違う歌もあるらしいが筋はだいたい一緒。…けど、なんでティアと村の剣士なんだ。どうして作らせたテメー自身をホメたたえさせない?」

「作った者は武勇歌にふさわしい真実を伝えたかっただけで、ご機嫌取りのつもりは無いのかも知れんよ。むしろアレフが関わっているのを隠そうとしているようにも読める」
魔法士に触れているのは1行だけか。

「今、モルの銀船は?」
「スフィーを出て南下していると思うが…すぐに無駄足だと気付くんじゃねいか」
メンターの眉間のしわを観察していたモリスは、不意に笑い出した上司に面食らった。

「印刷部にいって、教会の数だけ刷ってもらってきてくれ。森の大陸以外には速文で通達。教宣用の人形劇と武勇歌の主役にティアをすえる」
「本気か?」

「人々は悲恋を好むが、若き英雄も大好きだ。モルよりティアの方が10ばかり年下だ」
「だが、女だ」

天敵を…吸血鬼という口減らしの道具を失ったなら、女の数は抑えられねばならない。女は罪深きもの、愚かなもの、男より価値なきものと貶《おとし》めて、赤子のうちに間引くよう民に仕向けねば、人は際限なく増えて大地を食い尽くしてしまう。
「ファラを滅ぼし、夜明けをもたらした英雄モルの教えに逆らうのか」

「敵役も英雄も、制御できるに越したことはない。ティアは……出自さえ明かせば、いつでも魔女の烙印をおして、引きずり下ろせる。だが、モルはそうはいかん」
藍色のストールをもてあそびながら、メンターが笑う。

「何より、教会の勤めは全ての知を万民と共有する事。森の大陸を救った真実の物語を隠すのは、我々の存在理由をないがしろにする大罪ではないかね」

「けど、カンジンの聖女様がどこにいるかわかんねいぞ。ダイアナの呪縛は解けてねいが…」
もう警戒されてる。ムリに聞き出したところで、ウソを掴まされるに決まっている。

「私も、金を産む奇跡の癒し手を、煙花漬けにしろとは言わないよ」
借り上げたキニルの施療院は、画期的な治癒呪の開発と実地研修をしていると、えらく評判が高い。寄付金もたんまり集まっている。

血の絆によって刷り込まれた再生呪を使うなど、ダイアナ自身は不本意の極みだろう。だが、目の前に助けを求める者がいるなら、フテ腐れてばかりもいられねぇ。

「今どこに居るかはわからなくても、どこに行きつくかは分かっている。それで十分。ティアにそれ以上は望めない」
「ここに帰って来るかねい」
「帰ってきたときは…今の世の終わりの始まりだ」

終わりの始まり。嵐の前のような高揚感をおぼえる言葉だった。

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