時々ティアから殺意を感じる。
アレフを滅ぼす為に身につけた技術と知識を、当の相手に教えようとする心境…憎しみと愛が似ていると言ったのは誰だったろうか。まだ何色にも染まっていない幼い恋人候補を理想の伴侶にしようと教育に奔走する恋多き老人のような動機だとしたら。
「鍛えたせいで滅ぼされるのなら、これほど空しい努力もないな」
聞こえないようにつぶやきながら、時々飛ぶ指導に合うよう体を操り、ティアがやってみせた型を忠実になぞる。こぶしの突きから始まり、かわしと防御、そして蹴りに移る一連の動作。
その目的と、筋肉と骨の形と構造、力学的な理論が一つの美しい完成形として構成されているのを感じた。確かに無駄なく力を拳や足にこめることはできる。理にはかなっている。
しかし、別の肉体を壊すための道具として身体を使うという考え方は、楽しくない。なぜテンプルはこうした知識を破壊に使おうなどと考えられるのだろう。創造と永続に使われてこそ、知識は活きるものだろうに。
「やるじゃない、完璧よ。でも…限界まで速く」
口に食べ物を含んだまま冷酷にティアが指示する。
「あのね、アレフはどーしようもないほど華奢なのよ。あたしの腕と大差ないじゃない。身長がある分あたしより重いはずだけど。ドルクと比べていかに情けない体格かは分かるわよね」
「あの…」抗議しかけたドルクが、ため息をついて首を振る。
「殴ったり蹴ったりって技にはあんまり力は関係ないの。手足が筋肉で盛り上がってない場合は速さが勝負。そこんとこをアレフは使い間違ってるのよね」
「ああ、そう言えばティアさんの闘い方は打撃だけでしたね」
「ヴァンパイアと組討ちになったら命取りだもの。いかに体を掴ませないかっていう闘い方を叩き込まれたわ。手首一つ取られて骨を砕かれたら戦力半減。でも、もしもの時は腕一本犠牲にして反撃の関節技、なんてのもあるし、死物狂いの人間は恐いわよ」
それは、恐怖にとりつかれていなければ、という条件つきでだ。
「ティアは…私を恐いと思っていないから」
「そうね。でも偉大な英雄の遺功で偉そうな顔してる困った連中ばかりだと思ってもらっても困る。テンプルにはもっと根性のすわった、あたしみたいのがゴロゴロしてるから」
本当にこんな人間が大勢いるのなら、なぜこの世界がヴァンパイアの配下になったのか、今まで安穏に暮らして来れたのか不思議になる。
いや、だからこそ、もう世界は人の物になったのか。
「それにモルとその片腕やってる聖騎士は間違いなく強いわよ。今のあたしよりはね」
「今の?」
思わず聞き返す。
「近い将来、あたしのほうが絶対強くなる。その時、せめて足手まといになんないようにあんたを鍛えとくの。
あんたにとっても親のカタキでしょ。アダ討ちに参加したかったら、文句言わずに鍛練する!」
近い未来…私は狩られ滅ぼされる。元は人であったのに術を使い強力な力を身に付け、生血と富を搾取して永い命を享受してきたツケだと言われれば、返す言葉もない。
敵討ちに行こうというティアの意見は無茶だが、残された時間が少ないのなら、無為に過ごすより積極的に動いたほうが有意義だろう。海の向こうに広がるのは、私が滅びたあとに来るはずの、この地の未来。この目で確かめてみるのも悪くない。
それに、モルという名の命を奪う決心をしたなら、その方法を学び身につけるべきだろう。たとえ返り討ちにあうとしても、努力をしないわけにはいかない。
なにより、ティアを死なせたくはない。
ふたたび型をなぞりながら、心の奥から響く強固な思いを感じていた。
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