夕闇の中、焚火が揺れ、緊張したティアの頬にも熱気が揺れる。
相対している敵はマントをはおったまま、身構えもせず悠然とたたずんでいる。
身のほど知らずな挑戦者を見下している魔王みたい。でも、油断からくる余裕の態度には、手痛いしっぺ返しが付き物。教宣用の英雄歌でも人形劇でも、この手のカタキ役は、甘く見ていた挑戦者の実力に驚き、本気になったところでヤラれちゃうのがお約束。今だってそうなるはず。
この瞬間をずっと夢見てきた。
そのために寝る間も惜しんで、努力した。
知識を貪り、体をいじめてきた。
「体コワして、今に死ぬって」
「男になりかけてるぞ、ムネ全然育ってねーし」
聞こえてくるのは心配にカコつけた呆れ声とやっかみばかり。けど、少しずつ認めてくれるようになった。
特に格闘術…ガルト拳師は心強い味方になってくれた。教科書にはのっていない危険な技や奥義まで教えてくれた。
術の先生は、男のほうが術を扱う集中力に長けてる。女は補助のための術を覚えるべきだって伝統に固執して、使い物になンなかった。だから書庫に忍び込んで本から学んだ。
一番覚えたかった術、ホーリーシンボルに関しては、正式な司祭にも負けない知識と理論を頭に詰め込んで、演習も繰り返してきた。今のテンプルで最も強い光だと後見人のメンター先生は褒めてくれた。
今はまだ発動させるまで時間がかかり過ぎるけど、威力についてはバフルで実証済み。
唇を舐めた。薄く笑みが浮かぶ。
倒したいと願いつづけてきた敵が今、目の前にいる。
だけど、今から始めるのは殺し合いじゃない。お互い武器も魔法も使わない。そう取り決めた“試合”だ。
アレフは本気じゃないだろう。熱心に頼んだあたしに根負けして応じてくれただけ。手を出さずに避け続け、疲れを待つ気なのはわかってる。速さと持久力には自信あるだろうから。
でも、しばらく一緒にいたから、こいつの戦い方のクセは頭に入ってる。そして、大きすぎる欠点も。
「いくわよ」
まずは本気になってもらう。
構えて、相手の目を真っ直ぐ見つめ、大地を蹴る。
そばで成り行きを見ていたドルクの口から「ほう」と声が上がる。瞳の力を使わないと計算した上での戦い方。アレフも一瞬驚いたのか、余裕で避けられるはずの拳があごをかすった。
続けて回し蹴りを放つ。焦ったらしく防御のために手が出てきた。けど予想済み。ハンパな体勢ではいくら人間離れした力でスネを打たれも、たいした事はない。むしろ有利な間合いに持ち込んだあたしのヒジのほうが強い。
伸ばしていたヒザを曲げ、守りとすねへの攻撃の為に伸びてきた手刀を空振りさせ、回転と体重をかけたヒジ鉄を脇に打ち込む。肋骨にヒビ入ンなくても、女の子の攻撃をモロに受けた驚きはかなりのハズ。特にケンカ慣れしてない“男の子”なら。
「防戦では、あたしに勝てないわよ」
脇を押さえよろめいたアレフに宣告して、言葉が終わる前に拳を繰り出す。さすがに優雅によけ続けるって作戦は返上したらしいけど、弾くだけで攻撃してこない。これがもう救いようの無い最大の欠点。
生前の意志を失い、腐り残った本能だか反射で襲ってくる“なりそこない”にさえ手加減する。
何度注意したことか。
こいつには状況がまったく分かってない。
その上、体系化された格闘術はもちろん、我流のケンカ拳法すら1度も考えたことがないと思える、ムダのありすぎる動きと不安定な構え。せっかくの速さと力が全然生かされてない。
これならあたし勝てちゃうじゃない。
だから今日、試してみる。
避けた時に広がったマントの影を利用して、カカトを首筋に叩きこんだとき、さすがにアレフの目に戦意が閃いた。直後に繰り出された突きを、ギリギリでのけぞってかわす。
本気になったヴァンパイア相手に、1対1で戦って人間が勝つなんて、まず不可能だ。生き延びる事さえ難しい。だけど、その不可能を可能にするために、テンプルは諦めずに研究を重ねてきたハズ。
いままでのは、対人間用の格闘術。
でも、今からするのは違う。
人間より遙に反射神経が鋭く力も強い敵との戦い方。習得した技は、本当に通用するのか…
ティアはぞくぞくするような高揚感を覚えた。
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