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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「眠そうな顔してますよ、船長」
船尾楼甲板から出港準備に駆け回る水夫たちを見下ろしていたグレッグは、甲板長の言葉でアクビをかみ殺した。手渡された荷のリストと乗客名簿に目を向ける。今回は余裕で黒字になりそうだ。

「朝っぱらから同じ階の部屋でハデな痴話ゲンカがあってなぁ、朝寝しぞこねた」
「おやおや、料理で上客を掴んでいたと思いましたが、創業3ヶ月で水鳥亭は連れ込み宿に成り下がりましたか」

「同じ客だと思うんだが、ナイフが壁に突き刺さっては引き抜く音が宵から夜中まで続いとったよ。それも12回刺しては12回抜く。板から刃を抜く甲高い音が耳について、一ビン空けても眠れんかった」
「なるほど、お隣は嫉妬深い投げナイフ師と浮気性の美人妻。大道芸夫婦でしたか」

「朝帰りは男の方だよ」
「男が的のナイフ投げは見たくないですなあ」
今回は特等船室に客が入る。夜は沈黙の行となりそうだ。ナイフの音も気味悪いが、モロに音が響く船尾楼甲板や操舵室、壁一枚隔てた船長室で、ガキの夜泣きに悩まされるのは楽しくない。

桟橋の方を見れば、手続きを終えた乗客たちが三々五々、グースエッグ号に向かってくる。荷物は昨日から今朝にかけてそれぞれの船室に積み込み済みで、大抵の客は手ぶらだ。それでもタラップを渡り、上甲板を歩く足元はおぼつかない。

歳若い者が多いのは…やはり“避難”だろうか。グレッグが索梯子《ラットライン》をへっぴり腰で登っていた頃も、この手の上客が多かった。ただ30年前とは逆に、今は東大陸から中央大陸へと、オンナ子供や跡取り夫婦のたぐいが渡っていく。

「ジェフが野菜売りの婆さんから聞いた話だと、すぐ南の村に太守が来てるとか。可哀想に若い娘が1人、連れて行かれたらしいですよ」
「のん気なもんだ。領民が不安がってどんどん逃げ出してるってのに、ご領主サマは生娘の生き血を一杯やりながら物見遊山か」

ふと視線を感じて甲板に目を向けると、生あくびをしながら見上げている銀髪の細い男と、傾いてきた陽に髪を金に輝かせている娘が左舷の昇降口に向かって歩いていた。
「またあくびしとる。ありゃあ出帆したとたん船酔いだな」
「たぶん一等船室の客ですね。タールの臭いにアテられたのかも知れませんよ」

「で、我らがグースエッグ嬢のご機嫌はどうだね」
「私と同い年の熟女ですからねぇ。元気ハツラツとは行きませんが、この前フジツボどもを掻き落として化粧しなおしたし、一点を除いて問題ありません」
「一点とはなんだ」
「寝不足気味のグレゴリー船長殿ですよ。特別船室のお客が来てます。出迎えなくていいんですか?」

慌ててグレッグは上甲板へ駆け下りた。途中、操舵室のガラスに顔を映し、固めたヒゲの形と帽子の角度を微調整する。差していたパラソルを脇に畳んで乗船してくる巻き毛の夫人の手を引き甲板に導いたあと、タラップの直前で立ち往生している若い父親から、抱いていた幼子を引き取った。

見知らぬオヤジに抱かれても泣きもせず、無邪気にヒゲを引っ張る男の子は、夜泣きとは無縁そうだ。今夜は安眠できる。グレッグは胸をなで下ろした。

荷も客も全て積み終えた夕方、再びグレッグは船尾楼甲板に立った。じっと風を待つ。白髪交じりのもみ上げを撫でる微風に、笑顔でうなづく。クインポートの風は気心の知れた古女房のようだ。引き舟の助けを借りたことなど一度もない。
「後部縦帆、展帆」
「後部縦帆、展帆。よーそろー」
甲板長が後ろへ向かって叫び、3本のロープを引く水夫たちを指揮する。ほどなく広がった帆が夕日の中で風をはらむ。

「イカリ、上げー」
船首の方から重い鎖を巻く音が響く。潮の流れでグースエッグ号がゆらりと傾いた。
「面舵」
「面舵、よーそろー」
「舫い解けー」
「舫い解きました!」

見送りの者が手を振る中、桟橋から離れた船はゆるやかに港の中央へ向かう。外海の波から船と港を守る半島と石組みの堤防の間に差し掛かると、待っていたかのように風は沖へと吹き始めた。グレッグは風に確かな思いやりを感じる。

程よい追い風の中で水夫たちがマストに登り、6枚の横帆と三角の補助帆を張り終えると、グースエッグ号は軽やかに外海へ、そして中央大陸への航路を取った。

全てを見届けた後、グレッグは階下の食堂へ向かった。
新鮮な野菜と肉をふんだんに使ってジェフが腕をふるった晩餐を、乗客たちと楽しむ為に。

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