ドルクは意識のない娘を沐浴させ、略奪と破壊をまぬがれたベッドに寝かせた。
ススと垢をこすり落としてみると、日に焼けた引き締まった肢体と蜜色の髪をもつ、十五・六のなかなか可愛い娘だった。意志の強そうな眉は父譲り。他は母親から受け継いだものだろう。
暫定的な不死状態なら、体が冷えたところで風邪の心配はないが、一応毛布をかけてから浴室にもどった。
驚いたことに娘が着ていた服はほぼ無傷だった。織り込まれたミスリルの効果だろうか。
これだからテンプルの装備は怖い。
各所に施された魔よけの紋に文字通り手を焼きながら、何とか洗濯をおえて裏庭の洗濯ヒモに通した。
洗濯物の周りを緩やかなつむじ風が舞い始める。久しぶりに主に名を呼ばれたのが嬉しかったらしい。この調子なら日が傾く頃には乾くだろう。
それにしても、砕けた扉と家具でとりあえず入り口を塞いだ正面ホールを通る度に、ため息が漏れる。
館の中を片付けるのは諦めた。割られた陶器とガラスを片隅によせ、足の踏み場を作るのが精一杯。
町の者たちが運び去った置物やタペストリーといったすぐに換金できるモノより、床に散乱している紙の方がよほど価値があると、誰かが気づくまでほっておこう。
公的な記録をなくして困るのは、ここを襲った連中のはずだ。
出来る範囲の仕事を終えて、地下の寝所に降りた。
予想はしていたが、主は起きて机に向かっていた。この状況で眠っておられないことに正直ほっとした。
「面白いな」
「はい?」
「いや、皮肉といった方がいいのか」
ホタル火ほどに絞った灯の下に開かれている革張りの帳簿は、交易船に関する去年の記録だろうか。
「ファラ様が滅びて中央大陸が人の物になったから、東大陸が富んだのか」
「それは…極論かと」
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