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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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雨の中、広場へと坂を下りていくアレフを見てドルクは慌てた。
火刑台に集まっていた野次馬どもは、不意の豪雨をもたらしたのが何者か気づいて逃げ散ったが、まだ残っている者がいる。1人は剣を抜き、もう1人は法服をきた司祭。
闇の中で不意をつくのならともかく、明るい場所で正面から近付くのは危険すぎる。もし破邪の呪を食らったら…。

「ええい、先陣を切らせていただきます」
腰の剣を抜き、半獣化する。主を追い抜き、敵の注意を引きつけるために、左右に大きく振れながら坂を駆け下り、人にはあり得ぬ速さで司祭に切りかかった。

しかし、刃は横の剣士に防がれた。
直後に裏返った声で司祭が呪を発動させる。
「しまっ…」振り向くと、光の方陣に包まれた主が道に倒れこむところだった。だが、なんとか消滅も灰化もせずに耐えておられる。
ならば、
次の破邪呪の術式が完成する前に、剣士を片付けて司祭を殺せばいい。
切り結んだ腕に力をこめ、剣士を弾き飛ばした。

そして司祭のほうに切っ先を向けようとして…一目散に逃げる背中が路地に消えるのを見て唖然とした。それを見た剣士も這うように逃げ出し、少し残っていた町の連中も一斉に建物に逃げ込んだ。

残ったのは、火刑台に縛りつけられ、顔も服もススまみれになった少女と、その前に立ちはだかり、近付いてくる主を震えながら睨み付けているアゴのとがった男。武装はしておらず呪の詠唱の気配もないから危険はなさそうだが、目つきが少々マトモではない。
「わ、わたしは、町の人に選ばれた新しい町長だ。も、もう人はお前の家畜じゃない!
人のコトは、人が決める!」

「お前が新しい代理人になると?」
「私は、お前に血を吸われて喜ぶドレイになるつもりはない。お前に操られて圧制を布いていたものは排除した。ここはもう人の街だ。速やかに立ち去れ」
主が額に手を当てる。多分、男が言っている言葉の意味を判じかねておられるのだろう。
「私のしもべを…ブラスフォードを殺して、彼の娘をも焼き殺そうと『決めた』のは、お前だという意味か?」

「それは…だから、ここはもう人の街だ。速やかに」
「まぁ、いい。代理人候補だろうと反逆者だろうと」
不意に男の胸元をつかんで引き寄せた主が、無造作に首筋を噛むのを見て目をそらした。何が起きたのか一瞬わからなかったらしく、少し遅れて男が悲鳴を上げた。

日中に風を呼び雨を降らせ氷の術を使い、破邪の呪に身を焼かれた。多少なりとも言葉を交わす時間、渇きを我慢されたのが不思議なくらいだ。

けたたましい悲鳴と足掻きは多少小さくなってきたが、静かにはならない。“町長”はまだ意識を保っているようだ。尊敬には値するが、いま我を張るのは愚かしく無意味だ。戦う力を持たず仲間もいないのに、飢えた不死者と対峙するのと同じくらいに。

始まりと同じく唐突に町長が解放された。よろけながら逃げ去っていく後姿を見る主は、どこか残念そうだった。
「…折れなかったか」
驚いた。しもべには出来なかったという事か。
いや、それよりもまずは、

ドルクは積み上げられた柴とワラを蹴り崩し、綱を剣で断ち、火刑台から娘を抱きおろした。すでに娘の肌をただれさせていたヤケドは癒えはじめ、焼けた髪が徐々に色とツヤを取り戻していく。

娘の指にはイモータルリングがはまっていた。衛士たちに与えられる不死の指輪。
やせて垢と汚物にまみれた様子を見る限り、指輪の回復効果がなければ焼かれる前に死んでいたのかも知れない。
「代理人の館へ連れていきましょう。間もなく真昼です」

主が口づけを与えても“町長”の心を支配できなかったのは、昼間だったせいかも知れない。雨も小降りになってきた。太陽が顔を出す前に地下の寝所に入っていただかなければ。
町の者の暴徒化は怖いが、さっきの派手な突風や雨、そして町長が上げた悲鳴に恐れをなして、しばらくは息を潜めていてくれることを期待しよう。

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