「くそったれぇ」
猿ぐつわの下では悪態もうめき声にしかならない。死刑宣告に続いて処刑方法を得々と語る元同僚をにらみつけようにも、感覚がなくなるほど堅く縛り上げられ床に転がされている身では顔を上げるのも困難だ。手足が壊死してないのが奇跡に近い。いや、飲まず食わずで7日目。まだ意識がはっきりしている事に、彼女自身が驚いていた。
吐き気をもよおす悪臭は、この数日間に垂れ流した彼女自身の汚物。尿が染みこんだ聖女見習いの法服は、寒い時期でなくても容赦なく体熱を奪っていった。悪臭のおかげで性的な暴行を免れたのかも知れないが、そんな事は慰めにもならない。
むしろ手を出してきてくれた方が、殺して逃げる機会もあろうってモンだ。
こんな事なら浄化や破邪の術ばかり修行せず、精霊魔法も覚えておくんだった。風や火の術が使えれば、手足の綱を断つことや、燃やすことが出来たかも知れない。印も結ばない中途半端な回復術だけでは、いまに体力も気力も尽きる。
いや、精神力が切れる前に、火刑台で煙に肺を焼かれて息が止まるのが先かな。
手と口さえ自由なら、耐火呪の一つも唱えて、見物に来たやつ等全員が、悪夢にうなされるような死に様を見せてやれるのに。ただれた顔でにらんで、一人ひとり指差して名を呼んで、二度と忘れられないような呪いの言葉を吐きかけてやれるのに。
「なんで、逃げなかったのよ、父さん」
ヤバいのは分かってたはず。モル司祭が町の人をあおって、代理人の館に押しかけるずっと前から、身の危険を感じていたハズだ。
商会の旦那連中が勝手に街を広げはじめて、事務官たちがどんどん辞めてって、もう誰も父さんの言うことを聞かなくなって…邪魔にされて憎まれてたの、分かってたはずなのに、なんで館に居続けたんだろう。
大事なご主人様のため?
何にもしてくれないのに、マイロード?笑っちゃう。
眠ったまんまの吸血鬼より、そのヘン飛んでる蚊に頼る方がずっと気が利いてる。
頬骨が砕けて目が潰れるまで殴られて、手足の骨も肋骨も砕かれて、血ヘドと一緒に吐き出した最期の言葉がマイロード。目の前で実の娘がブン殴られて踏みつけられてたってのに。
まぁ、その後、大暴れして父さんを殺ったヤツらをボコったせいで、縛られて、牢屋に転がされちゃってるんだけど。
あいつらすっかりブルってたな。1人ぐらい殺しちゃったかな。死んでてほしいな。でなきゃ、死んでも死に切れない。
『明けない夜はない』か。
夜が明けたらあたしは処刑される。
明けない夜があるのなら、あたしはそっちの方がいい。
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