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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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毛深い従者の手中にある、もろくか細い首。かすかに脈動する薄い肌。不意に湧き上がってきた渇望にアレフはうろたえた。1度意識してしまうともう目が離せなくなる。麻袋につめられ、暗い船室に連れ込まれた無力な子供が、絶対的な強制力を持っているような錯覚を覚えた。

(どうかこの子に幸せな夢と安らぎを。短い生涯の最後に、せめて…楽しい場所へ連れて行ってやるという約束だけは果たさせて下さい)
切実な心話と、硬質な決意。子供が一声でも上げたらドルクはためらい無く殺すだろう。かつての外遊でも、アレフが血を啜り衰弱させた者をドルクは密かに処分していた。市井に解き放ったと穏やかに告げるその裏で。

危うく口にしそうになった非難の言葉をアレフは飲み込んだ。ドルクを悪者にするのは卑怯だ。余計な事をしたお前が悪いと原因を転嫁しながら、欲望だけは満たして、後始末まで任せてしまうのは、あまりにも厚かましい。

餓えはじめていると感じていた。キングポートまで耐えればいいと目先に目標を定め、忘れようと努めていた。…だが、その先はどうなる?

ドライリバー城で、歓待の宴が開かれる事などない。彼の地の太守から許可を得て血の提供者を募ろうにも、エイドリル・ヤシュワーはとうに滅ぼされている。不死の肉体が必要とするものを手に入れるには、法を犯さねばならない。
子供にも分かる道理だというのに、考えること自体を後回しにしていた。

もう同じ過ちを繰り返すのはやめよう。責任は主のもの。危ない橋を渡ってくれた従者に罪は無い。問題なのは私の飢え。無視せず、折り合いをつける方法を考える。ドルクが気を回す前に命じなかったのが悪い。
しかし…

ドルクが贄となる者を連れて戻るのは、何百年ものあいだ繰り返されてきた日常。要求を伝え対価を決め、館へ伴って湯を使わせ衣を改め、心身ともに整えた者をアレフが待つ部屋に置いて去る。

だが、この子は理解も覚悟もしていない。この子の家族も了承してはいない。運命を納得していないという意味では、目覚めた直後に味わったテンプルの自称英雄たちも同じだが、この幼な子は死罪に値する咎人《とがびと》ではない。

死なせる事は出来ない。

まず差し迫った危機を遠ざける。
寝台から降りて2人に笑みかけ、子供に視線を合わせた。
「ありがとう」
罪悪感と自己欺瞞の間で揺れる従者に感謝の言葉をかけ、わずかに弛んだ手から供物を受け取るように小さな体を救い上げた。温かい命と重みを腕の中に感じ、呼び覚まされそうになった悦びを抑える。

(楽しい場所ってどんなところだと思う?)
心への問いかけに応えて子供が思い描いたのは、ハチミツの川にアメとパイが実る森。足元の小石は小麦を牛乳で練った硬い焼き菓子。岩はコカラで色をつけた卵と油のもろい菓子。
これはジェームズが母親から読み聞かされた絵本の挿絵か。
音楽と香りを付け足し、より鮮明な景色に変えて幼い心に映し出す。幸福な幻を追う子供から、一時的に喉の感覚を奪って声を封じた。

さて、これからどうしたものか。
ジェームズを生かして親元に帰す最大の障害は、目前の忠実な従者か。

100年も経たぬうちに老いや病に苦しんで消える命なら、偽りの幸福に包まれて、幼い内に海に返るのは決して不幸ではない。
最愛の妻と共に家ごとドロに埋まった幼い息子。その身代わりとして思いを注いできた人食いの傍で、幾人もの苦悩と死を見つめてきたドルクが信じる物語。

人は納得できる物語を欲しがる。
ならば、ドルクだけでなくジェームズとその両親、そして周囲の者すべてが納得する様に組み替えればいい。混沌とした醜悪な事実を、分かりやすくきれいな物語に。

瑞々《みずみず》しい喉に唇をすべらせる。安堵と反感と居たたまれなさがドルクの心に吹き上がるのを感じた。この子の死を望む者は誰もいない。

死を与えるためではなく生かすために牙を突き立てる。浅い噛み痕から、にじみ出した血を介して絆を結び記憶を読み取り……手を加える。
いつも遊んでくれるおじさんは優しいままに。見知らぬ船室で青白いオバケに噛まれた事など忘れた方がいい。

ティア達が使っていたテンプルの治癒呪をかけた。一時的に代謝機能を高めてキズを治す術。噛み痕に淡く薄皮が張る。そして副作用で体温が上がる。
「助かったよ、本当に」
眠らせたジェームズを注意深くドルクに渡した。

「記憶を少し変えた。誘拐ごっこはしていない。かくれんぼの最中、はしゃぎすぎて暑さで倒れた。……錨の巻き上げ機にもたれて治療士が飲んでいる。隣にいるのが生者か死人か、そんな区別もつかぬ男だが微熱の処置くらい出来るだろう」

ジェームズを抱いたドルクが一礼して暗い船室から光の中へ出てゆく。足取りも軽く船首へと走る気配に気が弛む。同時に忘れていた飢えが鎌首をもたげる。

新たな物語が要る。ドルクにも私にも疑いが及ばない…まずは主役の吟味から。

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