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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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今日、ジミーの笑い声がしないのは“日射病”のせいだと皆が言う。特別船室付きの見習い水夫によれば、母親は船室にこもり我が子の側を片時も離れない。父親は風下の甲板でロープの結び方などを待機中の水夫に聞いている。一日寝床から出る事を禁じられた我が子の手なぐさみに、教えてやりたいらしい。

集めてきたウワサ話をドルクは主に告げた。今のところ“日射病”という診断を治療士自身も疑っていない。昨日この船室で行われたことに気づいた者も、アレフ様を疑う者もいない。
「ご安心ください」
微笑むべきだろうか。しかし心に溜まる澱《おり》が笑みを巻き込んで奥へと沈める。愛想笑いなど心が読める主には無意味なものだ。

「ほんのひと舐めしただけだ。心配しなくても、またすぐに走り回るようになる」
寝台に腰を下ろしていた主の顔に意地悪い笑みが閃いた。ドルクはティアと話しているような気分に襲われた。

行動を共にしている者からは少なからず影響を受ける。言葉遣いや表情、仕草や思考。もしティアがいなかったら、アレフ様は東大陸を離れることなど絶対になかっただろう。
「“狩り”をしてみるか」
それが何か楽しいことであるかのように主の口から滑り出た。

ドルクは驚いた。ティアが道すがらの慰みに話していたテンプルの教則本の言葉だ。ヴァンパイアは邪悪で傲慢で人を人とも思っていない。そんな説話の一節にあった言葉。それらがいかにデタラメか、ティアは笑い話にしていた。

曰く、ヴァンパイアは毎夜、支配下の村や町に犠牲者をさがしにいく。それを“狩り”と呼び、森の獣のかわりに人間を獲物にして楽しむ。狙われた人間が怯え逃げ惑うのを見て喜び、追い詰められ絶望した人間のすすり泣く声に聞き惚れる。鉄のかいなで骨を砕き、苦鳴を上げる喉を喰い千切り、断末魔の顔をうっとりと眺めながら血の味に酔う。

「だって、アレフは相手の了解が無いと血を飲まないでしょ。権力をタテに要求するから拒否はしづらいけど、飲んでもいいかどうか聞くじゃない」
確かにそのとおりだ。しかし、そうではない“食事”もありえる事をドルクは知っていた。飢えていて、そうドルクが仕向ければアレフ様は相手の意志を無視して血を飲む。牙を突き立てる瞬間には、術で強引に了解させているが…。

マントをはおり、フードをかぶって主が立ち上がる。今は昼前。外には光があふれている。
昇降口にも上甲板にも陽光が降り注いでいた。ふらつきながら陽の中を歩み、船尾楼へ向かう黒衣の後を、ドルクは影のようについていった。

まさか狭い船内で本当に“狩り”をなさるとは思えない。殺さなくても…いや殺さないからこそ人々の不審を呼びやがて疑問が形作られ証拠を掴まれ、逆に“狩られる”事になる。いま船にいる者全員を殺す事は可能かも知れない。だが、警戒し武装した人間相手となれば、どうなるか分からない。

アレフ様が立ち止まられたのはジミーの部屋。 
「どうぞ」
ノックに穏やかな女性の声が応じ、扉が開かれた。
「お子さんのお加減はどうですか。連れの者と遊んでいた時に倒れたと聞きまして」
ありきたりの見舞いの言葉。後ろに控えていたドルクは、どういう顔をしたらいいのか迷った。

「ドルクさんのお連れの方でしたか、船酔いのほうはもう?」
「今日は少し気分がいいので散歩に…。その、寝台を離れられぬ辛さは人ごととは思えなくて。それが、あんな小さなお子さんがと思うと。それに一言お詫びも。ドルクがもうすこし早くお子さんの顔色に気づいていれば、こんな事には」

「いえ、数日前から水をあまり飲まなくなったジミーが悪いんですの。変な臭いがするとワガママいって…でも今日はお茶とすったリンゴを与えましたし、朝食もしっかり食べさせました。明日には元気になると思いますわ」
「それは良かった」
母親が笑う。優しげな目が訪問者を見上げる。かすかに頬が上気しているのにドルクは気づいた。

「退屈しているから、会ってやって下さいな」
部屋の中に導かれ、主に続いて部屋に入りながら、ドルクの頭を懸念がかすめる。
血の絆をもってしてもジミーの記憶が完全に封印されていなかったら? 加害者の顔を見て一部なりとも記憶がもどったら…。

波と船と星座が散る紺色のジュウタンに散らばる、崩れた積み木や小さな木の刀に気をつけて奥へ進む。
正面には真鍮の窓枠で分割されたガラスごしの海と空。固定された書き物机と椅子、退屈しのぎの本棚。草花を織り出した錦が天がいの様に支える2つの吊り寝台は木製。
その向こうで、小ぶりな吊り寝台が揺れた。

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