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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「アレフ様、なんだか楽しそうですね」
ドルクに指摘されて、微笑んでいたことに気がついた。親を亡くして悲嘆にくれる娘に向けていい顔ではない。いや、健気におどけて見せたのは娘のほうが先か。怒り、敵意、哀しみ。めまぐるしい感情の動きの最後に、唐突すぎる好意の様なモノ…?

「気の強い人だ。アレフ様にタメ口を利くなんてネリィ様以外…失礼しました」
確かにネリィに髪の色は似ているが、“あんた”呼ばわりされた事は一度としてない。突然、心の中にまで飛び込んで来たのとも違う、奇妙な距離感。
そうか“見下されて”いたのか。

「それも当然か」
個人的な感情に囚われて現実から背を向け責任を放棄した。そのせいで、ブラスフォード親子を始めとするしもべたちが味わった辛酸を思えば、侮蔑されても仕方ない。ティアの他にも助けを求めた者がいるはずだが、結果的に見捨ててしまったのだから。

「確かにこの街に置いては行けません。身の振り方を決めさせる為にも、バフルまで連れていくしかないでしょう」
しもべに出来なかったとはいえ“あの町長”の記憶は読み取れた。ブラスフォードの圧制というのは、アレフの承認が必要な港の大規模な改修や町の整備を差し止め続けた事を指す様だ。そのせいで生じたと信じる遺失利益と、街に投資した多額の資金を、町長を支援する豪商たちは諦め切れないらしい。

その恨みが解けない限りこの街でティアの身の安全は保障出来ない。ドルクが言うとおりバフルに連れて行くしか無いだろう…一応、本人の希望とも一致している。

「とはいえ…彼らも、一枚岩ではないか」
海から湿度の高い風を集めた時、港に停泊していた船と積荷に少し損害を出してしまった様だ。処刑はやりすぎだったのではないかと、逆恨みめいた抗議を船主から受けている町長の困惑が、取り込んだ血を媒介にして伝わってくる。
呪縛はおろか心話すら送れない、片恋の様な血の絆だが、これはこれで使えるかも知れない。読みとられる可能性に気づいてもいない者の心は主観的で正直だ。

確かに町長の言うとおり今のクインポートは“人の街”だ。だが人がアレフ以上の失策をすれば、強権的な手段で制圧せずとも、諸手を挙げて太守の支配を受け入れる時が再び来るかも知れない。
まずは風の精霊の加護を今後も受ける為に、こちらに譲歩してくるか、人の力だけでやっていくと突っぱねるか…

「あくまで突っぱねるか……」
「は?」
「“町長”を置き去りにして逃げた…司祭だったか。教会に金を出している商人の会合で吊るし上げを食らっている。もうすぐ、こちらに来ることになりそうだ。
この街の者は、私を滅ぼしてシルフィードを解体したいらしい」
「これまで貿易船を加護してきた彼女に、あまりの仕打ちですな。
その…1人で、ですか?」
「ドルクが弾き飛ばした剣士は腕を痛めたようだ…偽傷かもしれないが」
人狼が露骨に安堵のため息をつく。
「だが、あの光の術は厄介だな。陽光をやわらげる指輪と……雨水に力を持っていかれないよう、念のためにまとっていた精霊魔法の結界を貫いてきた」

「へぇ…ラットルのホーリーシンボルには耐えたんだ。腐っても始祖ね」
いつの間にか布袋を担げた娘が、食べかけのイモを片手に立っていた。
声をかけられるまで、気配を感じなかった。それに婦人の荷造りにしては驚くほど早い上に、少なすぎないだろうか。

ドレスや帽子や靴、様々な小物が限界まで詰ったチェスト数個に、化粧品その他の手回り品を詰め込んだカバンを、座席下の物入れや後背部の立ち台に、複雑なパズルでも組むように積み込んでいた、母やネリィの荷造りを何となく予想していた。

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