忍者ブログ
吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
| 管理画面 | 新規投稿 | コメント管理 |
ブログ内検索
最新コメント
[09/13 弓月]
[11/12 yocc]
[09/28 ソーヤ☆]
[09/07 ぶるぅ]
[09/06 ぶるぅ]
web拍手or一言ボタン
拍手と書きつつ無音ですが。
むしろこう書くべき?
バーコード
カウンター
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
HN:
久史都子
性別:
女性
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「次はビビィの番だ」
甘い幻想を破るケリーの声。ビアトリスは哀しく目をあけた。闇の中でも梁《はり》の木目が見わけられる。“変わってしまった”現実がそこにあった。

汗ばむ背をなでていた手が、夜気をつかむ。オノやクワをふって鍛えた胸と腕が、ビアトリスの上から退いて横に転がる。首筋の傷は、数日前にビアトリスが穿《うが》ったもの。

目をそらすと、丸太小屋にただよう香りの源…香油ビンに貼られたの青いラベルが、飛び込んできた。
『ロスマリン 
闇の女王が生身の男に愛される時に使ったともいわれる、高級化粧油』

こんなものに頼っても、得られるのはひとときの平安。
月に1度の痛みも、下着を汚す湿りもない。私の身体は何も出さない、もう何も生まない。

去年…
老夫妻から駅の株を買った時には想像もしなかった。手直しした駅舎の前で愛を誓い、親族や友人の祝福を受け、伯父が持ってきたガチョウの丸焼きを皆に切り分け…幸せはずっと続くと思っていた。

前後の駅から半端な距離にあるせいか、飼葉や軽食の売り上げはわずか。だけどお金を貯めていつか牝牛を手に入れる。子牛を売った金で果樹園を作る。十年後には収穫を手伝う子供らの笑い声が響くはずだと。

「渇いてるだろ」
ケリーは相変らず無口だ。でも心からは思いが溢れる。

赤ん坊が飲む乳は母親の血だ。オレも親の血を飲んで育った。これは罪なんかじゃない。それにオレは2人分食べてる。まだまだ平気だ。

血の絆を介して伝わる思いは、嬉しくて辛い。
「ありがとう、ケリー」
さりさりとした頭とヒゲに触れ、ヤブイチゴより黒くツヤのある目を見つめる。半年前から伸びなくなった髪をかきあげ、日に焼けた首筋にキスをした。恐れと期待が混ざった吐息が耳をくすぐり、ケリーの喉ぼとけが動く。

私がかつて強いられた忌まわしい行為を、愛する夫にする。嫌だと心はつぶやくのに、ケリーの血は熱く甘く喉をすべり落ちる。二つの傷からほとばしる命。温かみと心地よさが冷たい身体に広がる。悦びの奥に現れる切なさと罪悪感が教えてくれる。これは死に向かってゆく空しい愛だと。

だけどケリーの思いと献身を拒んで、渇きと滅びを受け入れられるほど私は強くない。ケリーも苦しみ哀しむ。みかねて私を楽にしてやろうと考えるかも知れない。胸にクイを打ち込み、首を落としたら…私の体と一緒に、ケリーの心はきっと壊れてしまう。

眠りに落ちたケリーに、義母がくれたキルトをかける。花や草で染められた端切れが描くブドウ。たくさんの孫を期待して縫われた結婚祝い。
「ごめんなさい」
つぶやいてから、静かに部屋を片付け家具を拭く。立ち寄るかもしれない馬のために水を汲み、飼葉小屋に干草と刈った青草を入れた。

裏の農園のスミには、私のお墓。
動く死人となって10日後。訪ねてくる友人や親をごまかし切れなくなって、ケリーは私のお葬式をした。毒ヘビに噛まれた不運を嘆く親戚の涙と、友人が入れてくれた弔いの花に包まれて、私は1度埋められた。

励ますつもりで新しい妻の話をする無邪気な人たちを、罪もなく殺されたヘビの死骸を振り回してケリーは追い払い、私を掘り出してくれた。
それ以来、金や手紙を預かる地下の一時保管庫で昼間は眠り、夜起き出す生活が続いている。

近ごろは馬車の数が減った。夜の街道をいく旅人や馬車はほとんど無い。みんな夜を…吸血鬼を恐れている。だから私は安心して畑仕事が出来る。

カボチャの葉についた虫を取っていた時、北から近づく馬蹄と車輪の音を聞いた。速歩ではなく並足。夜をおして駆ける至急の駅馬車にしては遅い。不安になる。

半年前の不幸も北からやってきた。
予備の馬具を買いに、ケリーが街へ行った日。
蒸し暑く薄暗い、曇り空の早朝だった。

女ひとりでは危ないと、戸も窓も閉じて居留守を使っていた。物言えぬ馬のため水桶だけは一杯にして、家の中で新しいシャツを縫っていた時、馬車が止まった。

下りてきたのは灰色のローブを着た白ヒゲの司祭様と、布鎧の騎士様…窓の隙間から覗いた時はそう思った。

「居るのは若い女1人だ。酒飲みの夫は夜半まで戻らん。光の入らぬ地下室もある」
獰猛《どうもう》な笑い声。どうしてこちらの事情が分かっているのか。オロオロしているうちに、扉はこじあけられ、あいつらは入ってきた。

水死人みたいな白くむくんだ肌。血走った目。白いヒゲのあいだにひらめく赤い舌。怖くて何も考えられなくて、命じられるまま隠しから保管庫のカギをだし、地下室に案内して…噛まれた。

首を振り、思い出したくない回想を中断する。
あの時につけられた幾つもの噛み痕は、次第に浅くなり消えていった。でも、押し付けられた屈辱的な快楽と、血を吸い尽くされ体が冷えていく恐怖。そして一度殺された絶望は、怒りに包まれて心に重く残っている。

カボチャの畝《うね》から離れて、カワズ瓜のツルを支柱にはわせ脇芽つみをしていた時、馬車が近づき、止まった。
下りてきた気配は3つ。心は…読めない。新鮮な水にありついた馬たちの単純な喜びだけを感じる。

なぜか落ち着かない。
そうだ、夜だからと油断して戸締りをしてなかった。ケリーは疲れと貧血で熟睡している。もし、盗賊だったら…
この手で引き裂いて夫と駅を守る。

足音を忍ばせて表に回った。星明りの下、私の姿は闇に紛れ、人の眼には見えないはず。

水桶のそばで馬の飲みっぷりを見ていたヒゲの男が顔を上げる。法服を着た蜜色の髪の女が馬車の荷からスタッフを引き出す。そして白い髪の男が、木の陰にしゃがんでいた私をまっすぐ指差した。

「そこね。ホーリーシンボル完成するまで足止めして!」
ホーリーシンボル。子供のころ人形劇で聞いた言葉。不死の身を浄化し滅ぼす光の術。

女の首には銀色のネックガード。あいつらとは違って、今度は本物の…私を終わらせる力を持ったテンプルの聖女様。

無残に破れた夢を2人でつづりあわせた、ままごとめいた歪んだ幸福が終わる。
悲しさよりも安らぎを感じたのが、不思議だった。

1つ戻る  次へ

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
NAME:
TITLE:
MAIL:
URL:
COMMENT:
PASS: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
≪ Back  │HOME│  Next ≫

[183] [184] [185] [186] [187] [188] [189] [190] [191] [192] [193]

Copyright c 夜に紅い血の痕を。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By Mako's / Template by カキゴオリ☆
忍者ブログ [PR]