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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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濃い森に抱かれ、ひっそりと建つ小さな駅。見えざる使い魔を飛ばし、アレフが探りあてた気配は2つ。
眠っている人と、動いている人ではないもの。
双方とも心は読めない。異なる血に連なる不死者とそのしもべ。

「争いに来たワケでは…」
駅の前で血気にはやるティアを制しながら、木陰に潜む不死者への言葉を飲み込む。
バックスとその血族相手に事を構えるつもりはない。だが、薄青のスカーフで髪をおおったエプロン姿の農婦を、争いに巻き込もうとしているのは確かだ。

「その吸血鬼以外に、駅に住み込んでる人もいるんだよね。しもべにされた」ティアが笑う「そいつを滅ぼさないと、生き血を貪れないんじゃない?」
農婦が立ち上がり栗色の目を見開く。肉感的な唇が引き結ばれた。吹きつける殺意。まったく余計な事ばかり言ってくれる。

「他の者のしもべに手を出すような無作法はしない」
「でも、あいつらは、あんたのしもべを殺したよ」
シャルとかいうバックスの末《すえ》がした事を、ここでやりかえしてどうする。

それに彼女は農園で作物の世話をしていた。不死者が食べもしない野菜を慈しむ理由。ブドウ酒作りに腐心していた父のように、庇護下にある生者への情だとしたら…守っている者に手を出そうとすれば、壮絶な報復にあうはず。

「始祖バックス殿の血を受けし闇の公女《プリンセス》とお見受けする。連れの無礼を、どうかお許しいただきたい」
通じるかどうか分からないが、古き時代の礼にのっとって語りかける。

「ここに立ち寄ったのは…馬のための水と飼葉を求めてのこと。誓って公女殿下とその庇護下にある者を害する意図はない。
むしろ、ここでお会いできたのは望外の幸運。防人《さきもり》を任じられし公女殿下。どうか始祖バックス殿にお取次ぎを。
私は…」

正式な名を告げる前に、困惑した表情の婦人が数歩近づいて首をかしげた。
「何を言っているのかわからない。プリンセスというのはお姫様のこと?私、そんなたいそうなモンじゃない。サキモリなんて知らない。その、バックスって誰?」

始祖の名を知らない闇の公女《プリンセス》。違和感というより異質。重い使命や権限を与えられている訳でもない。なら、なぜ不死を与えた。

「あなたは白いヒゲの老人、バックス元司教に血を捧げ、代わりに力を与えられて転化したのでは?」
「テンカ?」
「その…吸血鬼になること」

始祖と闇の子は強く心を結ばれ、時には知識と感覚を共有する分身ともなるはず。資質や相性にもよるし、関係を一概に決められはしないが…彼女の知識と繋がりは、行きずりに襲われ捨て置かれた贄と大差ないように思える。

「なんだか硬くて気取った言い方。あいつらに体中を噛まれて吸われて、呪われた死人になったのが転化…」
あいつら?
「バックス以外の者からも、口付けを受けたのか」
「怖いおじいさんに噛まれて死にかけたあと、青白い手を伸ばす騎士や女の吸血鬼の方に突き飛ばされて」

顔をゆがめ言葉にならない呟きをもらしながら、不快そうに首や手をこする。群れからはぐれた仔クジラが、サメに囲まれ食らいつされるような、無残な光景が脳裏に浮かぶ。

それにしても、恋仲でも親子でもない闇の子と贄を共有するとは…バックスは破滅や自傷に耽溺する、かなり特異な感性の持ち主なのだろうか。

「では、心話は?」
「シンワ?」
「口に出さずとも通じる会話。相手が血族なら地の果てでも届くはず。心を読みあうようなモノだが」
困惑した表情のまま、ゆっくりと首が横に振られる。彼女を介しての会話も取次ぎも無理か。

「どうやら私はお客さまのお役に立てそうにないみたいです」
ほんのり赤い頬に、どこか均衡を失った笑みが浮かんだ。
「水は無料です。飼葉が入用なら馬1頭に銅貨3枚を。スープ1杯とパンひとつは銅貨5枚がここらの相場です。人より馬の方がたくさん食べるのに変でしょう」
駅員としての口上が芝居めいて聞こえる。

息を吸い込むと刈りたての青草とスープの匂いがした。ふと駅舎を見た瞬間、胸倉を掴まれた。人にはあり得えぬ速さと力。
「夫は噛ませない。悪いけど、あんたの為のものはない」
「承知している」
安心させるように微笑みながら、不安が頭をもたげる。夫婦者が住み込みで小さな駅を管理しているのはよくある事だが。

「ここに立ち寄った客から、血をもらう事は?」
「そんな事、しない!私はケリーだけで十分だもの」
追い詰められた目。いつごろ転化したのだろう。しもべ1人では、いずれ限界が来る。だが…忠告しなくても彼女は多分わかっている。

「旦那さん、今に死んじゃうよ」
一瞬こわばった顔が、おだやかに弛緩する。
「あたしなら、あんたを滅ぼすことが出来るよ。旦那さんは助かる」

「それで、あなたの愛しい人に、私の夫を与えるの?」
「愛しいって、あたしは別に」
珍しく動揺したティアに、向けられたのは恐ろしい笑みと低い声。
「それだけは許さない。ケリーは私だけのもの」

「これを…」
敵意をそらすために、紅い指輪を2つ、目の前に突き出してみた。
「あなたを転化させた始祖の討伐にモル司祭が差し向けられた。迎え討つために我らは来た。負けるつもりはないが…万が一、バックスが滅べば、貴女と貴女が転化させた守護《ガーディアン》は不死の力を失い灰になる。これは保険だ」

「積荷が損なわれた時の、賠償の掛け金みたいなもの?」
「バックスが滅びても、私が生き残れたなら、この指輪を介して命を支える事が出来るかも知れない。転化後の者に試した事はないが。理論的には…」
怒りが抜けた後に残ったのは、透明な無表情。細かい理屈は省いて、植物の汁で汚れた冷たい手に指輪を握らせた。

不意に扉が開いた。慌てて手を離したひょうしに、足元へ指輪が落ちる。
「何、してる」
怒鳴ろうとして息ぎれ、開けた扉にすがって目まいがおさまるのを待つ男に、妻への非礼を詫び、馬車に戻った。

「用が済んだなら先を急げ。ここらの夜は物騒だ」
馬を梶棒の間に戻し、くびきに繋ぎなおすドルクを手探りで手伝う男の目は、闇に浮かび上がるティアの法服に向けられている。

「美人の奥さんもらうと大変ね」
からかうティアに乗車をうながし、あわただしく出立した。
意識を向けると、闇の中で二人が何かに怯えるように寄り添うのが感じられた。

いずれ、彼女は夫を死なせ、転化させる。
ネリィが滅びた時、私が半狂乱になって蘇生を願ったように、愛するもの死は辛く受け入れがたい。蘇らせる手段がそこにあれば、何であろうとしがみついてしまう。

ばらまかれた不死は、人の情によって広がっていく。止めどなく増えた不死者は生者を食いつくし、その先に待つのは飢餓による混乱と自滅。火刑はやむなき措置かもしれないと考えかけて、即座に否定した。

それより覚悟しておかなくてはならない事がある。
「あのような者達を、争いにかり出すのか」
ごく普通の父であり夫である者、母であり妻である者。バックスと命運を共にする者達である以上、否やはないだろうが…気が重かった。

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