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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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夜風に泣く索具。波にきしむ船体。傾いた吊り寝台から聞こえる2人の寝息。白き峰はもう水平線の彼方。アレフは手帳に鉛筆を挟んだまま、薄雲にかすむ星空を見上げた。天候がくずれかけている。

窓のない喫水下の船室を希望したが、案内されたのは船尾楼の客室。他に旅客はいないから遠慮するなと船長は笑っていた。だが、割増金はしっかり請求されたとドルクがボヤいていた。

風向きと波によっては、窓から月明かりが船室に射しこむ。厚いガラスごしとはいえ、陽光も容赦なく降り注ぐだろう。父の形見を仕立て直したマントで防ぎきれなかったら、下層で昼をやりすごす上手い口実を考えなくては。

それより…
「いよいよか」
下弦の月が海面を照らす真夜中の海。目を閉じて感覚を断ち、心を飛ばす。

数刻早く、曙光が広がり始めたキングポート。
大きく窓を取った離れで、しもべが息を引き取ろうとしている。寝台に寄り添うのは、亜麻のドレスをまとった女主人と年かさの女中。
(来て、下さいましたか)
気配を感じて上げた額に、巻き毛が揺れる。

(苦労をかけるね)
東大陸出身者の互助会と基金の運営に疲れた心と目を労わる。植えつけた喜びに勝る自発的な意欲を感じて安堵した。

彼女達が夜半から見守り続けた男に精神体で触れた。羽枕に埋もれた死相に、かすかな笑みが浮かぶ。血を進んで提供させるために条件付けた不自然な悦び。

つかのま戻った意識。実体同士をへだてる距離に絶望が広がる。再度の口付けを切望しながら、決して叶わぬと悟った哀しみ。全てを啜り取られて迎える最期を願いながら、無為に消えてゆく命の火を残念がっている。

涙がにじむ。人を傷つけてきた罰だと感じている。街道をいく馬車を襲い、多くの人を苦しめてきた報いだと。

それは違うと、後悔を忘却に沈め、いつわりの安らぎで包んだ。命でつぐない、すでに許されていると信じ込ませる。
体と心がゆるむ。
深く息が吸いこまれる。吐き出す前に心臓が動きを止めた。血流が止まり意識が解けてゆく。

看取った者達のすすり泣く声を聞きながら、壊れていく脳が最期に見せる幸福な幻影。転化させてしまわないよう注意しながら、死を見守った。

離れに射しこむ朝の光に集中力が乱れ、臨終の場から引き離される。目を開くと、月明かりに輝く夜の海と、船の騒音が戻ってきた。

ウートの短命は報いでもなんでもない。飢えていた時にたまたま隣にいただけのこと。私に危害を加えようとして、吸っても構わない条件を知らずに満たしてしまった、不運な罪人。

それに血の提供が償いになるのは、東大陸での法。中央大陸では、むしろ罪を重ねることになるはず。
ウートもアンディも、私刑の犠牲者でしかない。

暗い気分を変えようと通路へ出る。気付いて身を起こすドルクを制して扉を閉め、1人で船尾楼甲板に上がった。

小さなつむじ風を生んで喜びを表す風精に応えながら、帆柱を見上げた。前方しか注意していない上方の見張りの背後に、淡い虹が垣間見えた。上空の薄い氷雲が見せる水平の虹色。人の眼には天の河よりも淡い白い帯としか、映らないかも知れない。

夜の虹を不吉だと言ったのは誰だったろうか。死後に魂が返る場所。大いなる源への架け橋という伝説を今夜は、信じたい。

感傷的になりすぎていると首をふって気持ちを切り替える。

傾き揺れる甲板で、転ばないよう注意しながら拳術の型をなぞる。両手の突きとかわしの動作から始め、下段への蹴りに繋ぐ。

キニルのヴァンパイアに、にわか仕込みの拳術は通用しなかった。だが、何もしないよりはマシだ。こちらが無力では助力を得るも何も無い。手を組んだ方が有利だと納得させるため、時には粗暴な力を示す必要もあるだろう。

目を閉じ心を飛ばせば、ウェンズミートの造船所で働く者達を安らげるリュート弾きの歌が聞こえてくる。背後で輝くのは赤い夕日を反射する銀の船。

予想はひっくり返された。モルが陸路ではなく海路をとるとは。それも呪術的な防備も施した大型帆船。嵐を呼んで沈ませることも可能かも知れないが、大勢の船員が巻き添えになる。それに、向こうにも精霊魔法の使い手がいるかもしれない。

だからといって乗り込んで戦うのは危険が高すぎる。水上で魔力は弱まる。船には厄介な仕掛けも張り巡らされているだろう。
有利に戦うのなら大地と闇の領域。深い森に守られた、放棄された城に誘い込み、こちらに有利な結界を施せば確実に勝てるはず。

だから、船首で妖精が蝶の羽を広げて微笑む、ダナウス号に乗った。

僚船が荷と客を求めて港と航路を変えた後も、ダナウス号がベスタ・スフィー間を走り続ける理由。船主であるハーラン商会の起源と拠点が、スフィーにあるからだと、船員が話してくれた。

渡り蝶のように、同じ名をつけた同じ型の船を、幾世代も重ねて育て上げた航路と販路。いまさら捨てる事は出来ない。いずれ夜明けは来るはずだと、たくましく笑う。

このご時勢に森の大陸へ渡らねばならない理由を聞かれた折、病いに伏した親がいるとウソをついた。
もし、夜が永久に続くよう、手助けをするためだと言ったら、海に叩き込まれたかもしれない。

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