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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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もし海と帆船を見たがっていたスレイがいたら、ベスタ港に幻滅したかも知れない。規模に比して船が少ない。白い帆とロープを外された船は、羽を抜かれたアヒルにも似て貧相だ。

熱風をはらんで広がろうとするマントを、アレフは体に巻きつけた。頬を焼く午後の陽に顔をそむけ、フードを深く下ろす。

「ここから船に乗ったら、もう戻って来れないね」
ティアが、浮き桟橋の先を指し示した。

大きな艀《はしけ》が浮いている。そこで上陸の時を待っているのは船荷や家畜ではなかった。森の大陸からきた大勢の人。さえぎるモノのない陽差しと、海から立ち上るネバつく湿気の中で、声もなく座り込んでいる。

桟橋と岸壁の境に真新しい小屋。あらい格子の向こうに、灰色の法服と腕まくりした港の自警員が見える。久しぶりに見た関。教会と商会が管理する街道沿いでは、ついぞ目にしかった。

乗り込む側の桟橋に関は無い。留められるのは上陸する者だけ。垢じみた渡航者を、聖水を使って調べているようだ。船に積む大きな水樽に手を浸して水滴を弾くやり方は、どうにも間が抜けている。
それに不死者とその眷属かどうかの判定に、人妻に触れたり子供をこづいたり、大声で恫喝《どうかつ》する必要はないはずだ。

「弱みにつけこんだ小遣い稼ぎをしている様ですな」
憤然としたドルクの言葉で得心がいった。判定の手数料は渡航者が出せるだけの金品。財布の中身だけでなく、婦人の赤い耳飾りを外させ、子供の木靴に隠された銀貨を奪う。長引かせるのも暑さと渇きで思考力を奪って、より多くを得るためのようだ。

「直射日光の下に座らせるだけで、検査は済んで…そうでもないか」
ティアが歪んだ笑みを向けてくる。だが、すぐにオレンジを積み上げている飲み物の屋台を目ざとく見つけ、駆けていった。

乗客から小銭までむしりとる関のせいで退屈していた売り子が、注文に応じて生き生きとナイフをふるい、しぼり器を使う。
追いついた時には、数枚の銅貨と引き換えに、くり貫いたオレンジに満たされた生ぬるい果汁が差し出されたところだった。

艀と桟橋からティアにうらやましそうな目が向けられる。嘆息の中に秘められた憎悪。幼子や老人の中には、今、水分を取らなければ危ない者がいる。

「そちらの旦那様は?」
物入れをさぐり、金貨を置いた。
「すいません、そんなにお釣りは…」
「オレンジを全て。特に幼い子供と老人は優先的に」
艀をさすと、売り子が困惑した。

「あんな関でも、通るたびに通行料が要るわよ」
ほとんど飲み終わったティアが口を尖らせる。
「そこに詰めている者達も? 法服を着た者と、その命に従う者からは取らないはず」

不敵な笑みを浮かべたティアが、スタッフを手に交渉に向かった。しばらく押し問答していたが、いきなり格子をスタッフで引っ掛け、海に叩き落とす。

「オレンジ屋さんは、通っていいって」
ティアが大声で叫ぶ。わめいて掴みかかろうとした中年の司祭を振り返りざまに叩き伏せる。自警団員たちは、どちらに加担すべきか迷ったあげく、テンプル内のもめ事には関わらないと決めたようだ。

手早く移動の準備を整えながら売り子が笑う。
「昨日は、ぐったりした子供ゆさぶって泣いてる母親や、泡吹いたジイさんにすがって泣いてるばあさんがいて、見てて辛かった」
輪留めを外し引き手をつけ、屋台は桟橋を疾っていった。

「何事です」
乗る予定の船に、荷を運び入れていたドルクが、駆け戻ってくる。
「関を壊せと言ったつもりは無いんだが…教会の紹介状か、副司教長の名で押し切るものと」

群がる者たちに向かって、幼子と老人から配るとティアが宣言していた。抗議する不埒ものをスタッフで脅し、赤に近い橙色の実を的確に渡していく。

「あれだけでは足りませんね。人夫たちに他の屋台を呼びに行かせます」
騒ぎに集まっていた者たちに、ドルクが幾ばくかの駄賃を渡す。最初の屋台に積まれた果実がなくなる頃、街の広場や市場の匂いをまとった屋台が、渡航者を検査している自警団員と、打たれた肩をおさえる司祭を押しのけるように、艀へ向かった。

「彼らの目に映っているのは慈悲深い聖女サマだけ。オレンジを買い上げた金の出所までは思い至りますまい。それに今日は救われましたが、次に船が着けば、また」
「分かっている。恨みより感謝に包まれて欲しかっただけだ」

ほぼ全員に果物と果汁が行き渡ったらしく、屋台を引く売り子とティアが談笑しながら戻ってくる。

「お優しいことですね。昼前に召し上がった盗人の仲間を、噛まずに見逃されたのも、ティアさんのためですか」
だまして連れて来るよう頼んだが、すぐに誤りだったと反省した。ティアの手で人を贄として差し出させるのは余りに酷だ。私に呪縛された父親と重ね合わせ、後悔で眠れぬ日々を過ごすのではないかと案じた。

「あの者達に私を告発する事は出来ない」
「人の心は変わるものでございます。この地を離れたと知り、時間が恐れを薄めれば、考えを変えるかもしれません。今、ティアさんに伸された者なら、賊の言うことに飛びつくかも知れません」
最悪の事態を予想する従者を見ていると、逆に心が軽くなる。

「スフィーの港についたとき、逃げ場のない船の中で破邪の呪を仕掛けられるかもしれません。鳥による通信文は、船より速うございます」
苦笑を抑えるのに苦労する。

「その時は、その時だ」

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