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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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丸みを帯びた屋根のフチが午後の陽射しに白く輝く。薄青色のアーチと飾り格子が、中庭に広がる四角い水面に映る。

施療院に向かう回廊で、モリスは法服をはたいた。テンプルに来て20年。遺体を焼くニオイにはまだ慣れない。故郷から遠く離れた病床で、不安と無念を抱く学徒達や、最期を静かに迎えようとしている老人達に、嗅がせていいニオイでもない。

アクアマリンとヒスイで幾何学模様を象嵌した大理石の壁と床。かつてアクティアス宮と呼ばれた東館は、吸血鬼の女王の居室だったらしい。流水を嫌う魔物には似合わぬ呼び名だが、月夜に舞う優美な蛾を意味すると聞いて納得した。

風通しが良く、淡い青緑の壁は赤い血の補色になるという合理的な理由で、今は施療院として使われている。膿と血に汚れ、汚物と消毒薬の臭いが漂い、傷病者の悪態と嘆きが満ちる現状を見たら、ファラは怒り狂うかもしれない。

厳重な二重扉のむこうには8つの病床。一番手前に聖女ダイアナが腰掛けていた。銀のネックガードの下に覗く白い包帯が痛々しい。

「ルーシャとオットーを焼いたの?ムダなことを。あの2人を殺したのはヴァンパイアじゃないのに」
「規則だからね。それに殉教者の遺体をモルのオモチャにするのは、忍びない」

「私もいずれ、聖油をぬられて北の釜で焼かれるね」
寂しそうな笑みが、丸天井を見上げたまま瞬きもしないハジムに向けられる。
「時をかければハジムもあんたも完治するさ」
空しいなぐさめだ。施療院を生きて出る者の方が少ない。

「ハト小屋にルーシャの報告書、届いてたんでしょ」
「読まずに副司教長室に届けろって言われてた」
ダイアナの目が閉じられる。
「私たちはもう少しで勝てた。装備さえマトモならオットーは死ななかった。ここを守る騎士を無駄に飾るくらいなら…」

「なかなか戻らねぇし、すぐ出てっちまうからだろ。マトモな装備一式誂えるのに何日かかると思ってる」居心地悪くなるよう仕向けたのをゴマかすため言葉を重ねる「それに、見た目は大事だ。威厳ってやつは無用な争いを退ける」

「そういうものかもね。ルーシャもヤツも威厳が無さすぎたから」
ひとしきり笑った後、ダイアナがにじんだ涙をぬぐう。
「モリス高司祭、あんたもたいがい威厳ないよ。なんだいその、白黒まだらのヒゲは。まるで使い古しの絵筆じゃないか」

最筋肉が落ちてきたホッペタと、シワが増えた口元をまばらにおおうヒゲを撫でながら、モリスは笑ってみせた。
「笑って泣けるなら大丈夫だな。次は見舞いに赤ワインでも差し入れてやるよ」

吸血鬼の口付けを受けた他の患者たちの様子をひと通り診る。今日襲われたダイアナが一番元気だ。被害者と加害者、どちらの資質に負うものなのか…興味深い。

モリスは回廊を抜けて西棟に向かった。黒と薄紅の大理石が彩る中央の聖堂には善男善女。いや、金持ち連中か。その間を素早く抜け、薬草園を横切り、遠目に道場や工房を望む階段を登る。お偉い司教連中の執務室がある3階にたどり着いたときには、息が上がっていた。

廊下を飾るフレスコ画は七聖の偉業を讃えているらしい。だが、細かい三角の半貴石で動植物を現した天井のモザイク画に比べて、どうにも見劣りがする。暗い過去を払拭するためと称して、壁の石を剥がして売って儲けた先人が少し恨めしい。

ダイアナに言わせればムダ飾りでしかない騎士が、モリスの来訪を取り次いでくれた。寄木細工で飾られた扉を開けて、迎えに出てきたのは、栗色の髪ごしに賢そうな目を輝かせる紅顔の美少年。

「頑張ってるなミュール、辛くねえか」
「はい。日々まなぶ事がいっぱいで、楽しいです」
先日、副司教長付きに配置換えとなった見習い司祭。メンターの新しい鑑賞物にして気分転換の話し相手。

抱きもせず触れもせず、眺めて時おり話すだけで満足という、上司の趣味は理解できない。大体、なんで同性なんだ。モリスが知る異性の弟子はティア・ブラスフォードぐらいだ。

書類棚が壁面をおおう執務室。白い薄布が和らげる西日を背に、藍色のガウンにブドウを刺繍したストールをつけたメンター副司教長が、書類に目を走らせていた。白い羽ペンを取り、数文字ばかり書き加えてから、書類を金属の箱に放り込む。

それから引き出しのカギをあけ、チョウを象った止め具を取り出した。挟まれているのは、数枚の細い巻紙。

「選ばれた人間」
「それはまた、人はすべからく平等であると説く教会の、首座を狙う御方の言葉とは思えませんねぇ」
大きな黒檀の机を滑ってきた銀のチョウを捕らえて開いた。ここ数ヶ月、ハト小屋から真っ直ぐ運んだ通信筒の中身だった。

「モリスは運命を信じるかね」
「運命は信じるものではなく感じるもの、でしょう。偶然と努力が生み出した偉大な成果に憧れたアカの他人が、勝手に過去を詮索して、たまたま一本スジが通ってる様に感じたもの…猊下のお言葉ですよ」

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