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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
性別:
女性
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「この先に、イイ女をそろえたヒミツの店があるんでさぁ」
それは楽しみだと笑って、小柄な男の眼前にランタンを掲げた。こげ茶の瞳孔がすぼまるのを見取って、アレフは炎から熱を奪った。

視界を閉ざす闇にまどう男の背後に回り、火の消えたランタンを置く。魚や人の臓物を掻き出すのに便利そうなナイフが、ベルトの背側に挟まれていた。抜いて捨てると、男は振り返り空気をかき回した。数歩離れて虚勢にまみれた言葉に耳を傾け、怯えた顔を眺める。

ゴム林の向こうにあるのは放棄された舟小屋。居るのは美女どころかむくつけきゴロツキども。腕力や体格については小男の恐怖心による誇張もあるだろう。それでも、大勢を相手にするのは面倒だ。

ここで済ませる。
金属の硬い輝きをまとった右手を、汗ばんだ背中に向かって伸ばした。

「はなせっ」
自力では巻き付いた腕を振りほどけないと気付いた者は大抵そう叫ぶ。叫んだ獲物を逃してやった事などないくせに。女色に目がくらんで身ぐるみ剥がされる者たちを見ていながら、同じ目に遭う時がいつか来ると思わなかったのか。

うなじから鎖骨に向かって唇をはわせる。運命を悟ったのか盛り上がっていた背中や腕の筋肉がなえ、半ズボンとサンダルの足が垂れた。表層に触れさせていた力を、抵抗をやめた心の奥まで伸ばし、高揚感と悦楽を引き出す。本能をとろけさせ、欲求をねじまげ、みずから首を反らせるよう仕向ける。弱々しく抗っていた意識は牙を突きたてた瞬間、砕けた。

血をすすり摂りながら、男の心に『人から奪うな』とカセをはめる。この地は温かく豊かだ。奪わずとも生きてゆけるはず。ウォータで最初に喰った者は物乞いとなり、2人目は作業場で魚のアラを煮込んでいる。この男が今後どうなるかまでは知らない。不幸になる者が減るならそれで十分。善行だと言うつもりは無い。

これは欲望を満たすついでの掃除。
腹の奥に溜まった温もりを楽しみながら、忘我から覚めない男を地面に下ろす。ランタンを拾い上げて灯し、散策を再開した。

町への道を戻る。寝静まった家々の間で歯ぎしりやイビキといった人々の立てる雑音を楽しんだ。嬌声と喘ぎが闇に溶ける妖しげな界隈に足を踏み入れ、窓辺の明りに滑らかな肌をさらして誘う女たちに笑み返す。仕舞いかけた酒場で飲みもしない蒸留酒を頼み、漁に出る者達のために蒸した魚とイモを売る、屋台の支度を見守った。

朝焼けのきざしが広がりはじめた頃、湖岸に向かった。ミリアの心にかけたカセは、誰にも話すなという禁忌と、求める時には応じよという要求。なめし皮の袋に収めた拡大鏡を置いて来るついでに、一口もらって終わりにしよう。

明りがもれるうすい板戸のカンヌキは外されている。温かな明りに照らされた簡素な調度は、昨夜と変わりない。ミリアが唇を引き結び焦っているのは、夜明けを案じての事だろうか。生成りのブラウスの胸元で組まれた手が血の気を失っている。

笑みかけようとした瞬間、間近で上がった甲高い声に驚いた。右スネを打たれた痛みにヒザと手をつく。目に映ったのは武器を振りかざした人影。とっさに右腕で払った。金属とは違う、硬い物に手甲の刃が食い込む。力づくで振り抜いた。

払い飛ばした襲撃者が、アシの壁をへこませてヘタり込む。軽すぎる手ごたえに違和感を覚えた時「ニッキィ!」ミリアの悲鳴が耳をえぐった。日に焼けた小さな体。
「…子供?」
もっと大きく見えたのは恐怖のせいか。木切れを握りしめたままの細腕。胸を赤く染めていく血。

急いで治癒呪をかける。つぶれかけた肺を復元し、折れた骨を繋ぎ、肉を合わせようとした時
「やめて!」
術式の完成に向けていた集中力が断たれた。かがみ込んでいたニッキィの上から一歩しりぞく。
「息子には手を出さないで」
手を広げてミリアが呼ぶ。治療を続けなければならないのに、テーブルの向こうから見つめるとび色の瞳から目が離せない。

「私はどうなってもいいから…」
温かく柔らかい体の感触が腕に蘇る。赤く鮮烈な味と香り。命の源に触れる悦び。何もかもとろかす快楽の予感に、今、何をしていたのか分からなくなる。確か危急の…いや、思い出せないのなら、重要な事ではないのだろう。

ミリアが首を反らせ、昨夜つけた2つの傷を見せつける。半眼の目が笑って誘う。
熱い脈動を味わうために肩を抱きしめた。安心したようにとび色の目が閉じる。
赤く染まった薄い胸がよぎったが、噛み痕に再び牙をうずめた瞬間、口中にあふれた命の奔流が全てを押し流した。

だが今夜はもう食事を済ませている。すぐに限界がきた。ひとしきり楽しんだあと、ミリアにも充足感を分け与え、夢に誘う。安らかに眠ったミリアを昨日と同じように寝台に横たえ寝具をかけた。
枕元に拡大鏡を置き、帰ろうとして、壁際からの強い視線にたじろいだ。

胸のキズを押さえ肩で息をしている少年。
治癒の最中だった。
ミリアを味わっている間、忘れていた。いや、意識に上らないよう封じられていた。親のやみくもな強い意思が起こした奇跡。

(血の呪縛が祟るのは、吸われた方だけじゃないってことね)
つまりは、血の絆を介してしもべに操られたのか。情けない。


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