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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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日が傾いた頃、ハンスはやっと目を覚ました。酒臭い床に転がっていたビンを拾い上げる。こぼれそこねた最後の一口を迎え酒にあおった。

材木商を営んでた親は数年前に逝った。家業を継ぎ財産を手堅く管理している優しい妹夫婦の仕送りで、今日も酒に逃げ込める。

頭痛にうめきながら寝汗でしめった寝台から抜け出し、無精ひげにこびりついたヘドのあとをこすり落とす。
今日はニッキィに稽古《けいこ》をつけてやる日だった。喉といっしょに正気を焼いてくれるカルカ酒は日が落ちるまでお預けだ。

下宿屋のおかみが吊り下げカゴに入れてった乾きかけのパンを黄色い水瓜の汁気で飲み下して腹ごしらえする。かごの下に置いてあった麻のシャツを着込み剣帯を締めた。そして、二度と抜かないと決めた剣を下げる。

梯子を降りて湖岸へ歩き出した。目指すのは水に洗われる砂地。そこでは小さな友達が、枝からナワで吊るしたアシ束を相手に、古い柱材を切って削って端切れを巻いた木刀を振るっているはず。
今日は打ち込みの相手をしてやる約束だ。いくら11歳の子供相手でも、マトモに食らえばタダでは済まない。シラフでなければ危険だ。

岸辺でもよおして、アシ原の向こうにかすんで見える木の下の小屋を見ながら小用を足す。あそこに住むまだ十分に若く美しい未亡人を狙っている男は多い。ハンスがニッキィに声をかけたのも、大事な一粒種を手なづけて母親を…という下心があったからだ。

しかし、漁に出かけ湖に消えてしまった亡夫が遺した思い出は、彼女が刺す刺繍と同じくらい鮮やかに美しく心に刻まれているらしい。彼女の刺繍を特に高値で買い取っていく仲買人は、競うのもバカらしくなるほど立派な男だ。それでも彼女はなびかない。そしてハンスには、亡夫に勝てる美点も甲斐性もない。

今じゃ元々の目的なんてどうでもいい。字を覚えたがり剣術の稽古も熱心なニッキィの相手をするのは、酒で酔うより心地良い。家でもテンプルでも、ごくつぶしと言われ続けた自分が、ニッキィの前では英雄でいられる。生まれ変わるためにテンプルの試験を受けようと剣術の稽古を始めた、10代の頃を思い出す。

ニッキィはハンスがまだテンプルの剣士だった時の事を聞きたがる。ホラ話に少しばかり真実を混ぜた武勇伝を、目を輝かせて聞いてくれる。ニッキィといるときだけは酒が無くても平気だ。昔、敵と間違えて仲間に剣を振るってしまった記憶に苦しまされずにすむ。

あいつこそが本当の英雄だった。ハンスよりも何倍も腕がたって勇敢だった。仲間を逃がすため最後まで追っ手を押し止め、何とか振り切って駆け戻ってきたあいつ。それをビビッてたオレは…
やめよう、ニッキィが水際でこっちを見てる。

「悪ぃ、待たせた」
今日はえらく真剣だ。木刀を握りしめた指が血の気を失っている。心して相手をしなければ。
「母ちゃんが、おかしいんだ」
黒い巻き毛の下の必死な目。日焼けした顔はこわばって、声は低くかすれていた。

「仕掛け網にかかった魚の仕分けの手伝いと舟の掃除が終わって親方んトコから戻ったとき、ウチの方へ向かう道の途中で旅人風の2人組みとすれ違ったんだ。暑苦しいマント着込んだ若い男の顔が、変に青白くて唇が赤くて、ぞっとした」
肩を震わせるニッキィを見て、武勇伝のカタキ役を誇張しすぎたと反省した。明けきらない薄暗がりの中では、アシの穂や水鳥だって得体の知れない化け物に見える。

「ウチん中は暗くて静かで、刺繍の道具が出しっぱなしだった。いつもなら朝メシの用意してる母ちゃんは寝床で…声かけても目を覚まさないんだ。顔色も少し悪くて、喉に赤い傷が二つ、ついていた」
「それで、母ちゃんは目を覚ましたのか」

「揺すったら起きた。うたた寝してただけだ、首の傷は虫に刺されたあとだって笑うけど、元気がないんだ。親方がくれた雑魚でスープ作って朝メシ食ってる時も、ため息ばっかりついてた。今は普通に刺繍してるけど」

あるいはと思った。ミリアが夫を亡くしてもう10年になる。若い恋人が出来てもおかしくない。

吸血鬼のしわざだと思い込んでいるニッキィをなだめるため、明け方、護衛にいってやると約束した。
「母ちゃんの朝飯を食わせてもらうのが報酬だ」

「夜は?魔物は夜に血を吸いに来るんだろ」
「結婚してない女の人ンところにオレが泊まるのは、ホラいろいろ問題あるからなぁ」
「じゃあ、今夜は漁の手伝い休んで、ボクが母さんを守る」
「そいつはいい。そんなヤツ、一発かませば逃げてくさ。ニッキィは本当にスジがいいからな」

オレが先に目をつけてたんだ。不意に出てきた若い男にミリアを取られるんじゃ腹のムシが収まらない。ここはひとつ手塩に掛けて仕込んだ弟子に、恋路をジャマしてもらおうじゃないか。


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