石と焼きレンガの白い建物は、立派だけどムシ暑い。カビのあとが無いのは地元の硬い木で作られた扉ぐらい。そのうえ宿賃がバカ高いなんて、納得できない。下町に何軒かある木とアシで作られた風通しのいい安宿のほうが、ぜったい安眠できる。
太陽の光は容赦なく射し込むけど。
宿の清算を終えたあと、収まらないハラのムシをだまらせようと、ティアは宿の一階にある食堂に行った。ハンパな時間で客がいない。ちょっとした貸しきり気分。
イモの下ろし汁を乾かして練って茹でたフルフルした玉の上に、飾り切りした果物と花びら乗せてハチミツかけた、高くて量の少ない甘味をかっ込む。屋台なら同じ値段でオケ一杯は食べられる。見た目がすこし悪い黒ミツをかけたヤツだけど。
果物とくんせい肉のサラダが来たとき、場違いなオッサンと目があった。酒やけした赤ら顔。ポコンと出たハラを包むのはシワの目立つシャツ。半スボンのすそはスリ切れて、サンダルは泥で汚れてる。気取った白磁のティーセットの間に置かれた、屋台の木皿みたいに浮いてる。
一口大のウリと香草と薄紅色の肉片をフォークで突き刺してたら、昼のカウンターを預かる太った給仕と、オッサンの話が耳に入ってきた。
聞いているうちに、厚いロングスカートに包まれた太ももが汗ばんできた。左手で摘み上げ少し風を送る。法服は石造りの宿同様、ウォータの気候になじまない。格式ばってばかりで、重くて暑くて風通しが悪くて、不快。
そして、オッサンの話もフユカイだ。
屋台でサイフを忘れていった頭の白い若い男を捜している…か。あのバカ、ドジ踏みやがったな。いきなり宿を引き払うなんて変だと思ったんだ。
それにしても、うまいことはぐらかすなぁ、給仕さん。さすがはシニセの伝統と格式。怪しくても客は客。部屋付きの女中には悪さしてないし、心づけは弾んでたし…
オッサンがこっち来た。
「聖女、見習いさんか。見かけなかったかな。黒い服着た髪の白い、でも若い男なんだが」
「そういうオジさんは、もと聖騎士さま?」
剣の柄についてる破邪の紋にフォークを向けた。なぜかオッサンは恥ずかしそうに柄を手でおおった。
「銀髪の若ゾウなら1人知ってるよ」
目がキツい。こりゃ舎弟を痛めつけられた元締めがメンツかけてお礼参り、じゃないな。アレフが噛んだのは、オッサンの友達か情人《イロ》か家族…子供かもしれない。
「あたしのツレだけどね。男のクセにシミとかソバカス気にして、閉じこもってる自称イロ男。あたしに言わせりゃ青っちろい本のムシ。司祭見習いになっても体がついてかなくて、すぐに親元へ帰っちゃうんじゃないかな」
ちょっとアテが外れた顔してる。
「酒場で育む友情って憧れるなぁ。男が男に惚れるってヤツ?一緒に探してあげよっか」
「いや…あんたみたいな若い子は、もう巻き込みたくない」
最後は呟くような小声だった。オッサンはうつむいて出て行った。
お金に添えてあったドルクの手紙をポケットから出してもう1度目を通す。駅に立ち寄って南へ向かう乗車の予約を3人分。その後、ウェンズミート行きに変更。でも乗らずに両替商で落ち合う。つまりニセの足跡を残せってことか。
湖を舟で渡ろうとか、考えてるんだろうな。
今は乾季で大湖はせまいし。
左手に少し違和感を覚える風精の紋。こいつで昼はあたし、夜はアレフが舟を走らせれば、3日ぐらいで向こう岸に行ける。でも、嵐が来たらどうするんだろ。風に舟を押させるくらいは出来るけど突風や大雨を封じる力なんて、あたしにもこの子にも無いぞ。
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