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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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近づいてきた手漕ぎボートから太いロープが2本投げ上げられる。水夫たちの手で船尾の金具にしっかりと結ばれたのを確認すると、グレッグ船長が手を振った。遠くでムチをくれる音と馬のいななきが聞こえる。港にそそりたつ塔から重い金属音が響き、鉄で補強された滑車がロープを巻き取り始めると、帆を畳んだグースエッグ号は静かに正確に桟橋へ引かれていった。

風の精霊を失った港へ安全に船を導くため、人が作りだした無骨なカラクリか。
だが数十隻もの船が居並ぶ桟橋と背後に広がる白い街にはドルクも素直に感心した。活気と規模はクインポートを倍にしても敵わない。桟橋の向こうに見える商館には黄色い旗と商家の家紋が幾つも垂らされ、朝の光を浴びて揺れていた。無数の人足が出入りする倉庫群は養蜂箱の列より騒がしい。

聞いた話では、住む人と市場で扱う品物の量は夜明け前の4倍にふくれ上がり、選り好みしないなら割の良い仕事がすぐ見つかるという。服や食い物の値段、それに宿代も安い。ただし、一歩裏道に入れば油断は出来ない。いや、表通りでもスリや引ったくりに遭うというし、若い娘がかどわかされるのも、川に死体が浮いているのも日常だという。

ティアが船倉の荷から真っ先にスタッフを出してきたのも治安の悪さゆえだろう。船長に忠告されて、ドルク自身も剣を帯びた。主にも拳鍔をつけるよう進言したが、ポケットに入れっぱなしのようだ。苦い経験が師となる前に、この街ではくみしやすいと見られるのは余分な危険を招く事とご理解いただければ良いが。無力に見せかける事が最良の盾であった船内とは違う。

だが、無秩序を内包する猥雑な街でなら、密かに贄を得るのはたやすいはず。宿に呼んだ女がいつの間にか消えても気にする者は多分いない。人間そのものを売り買いする闇市が開かれていると噂に聞いた。
 もともと狭い船で危険を冒していただく予定も、主の手を煩わせるつもりもなかった。

「迷惑かけちまったな、ティアちゃん。済まねえが風邪の事は黙っとってくれるか? 倒れた若いのも2日ほど寝込んだら元気になったし、それにあんたら3人はかからんかったし」
甲板に上がってきた客の間をめぐっていた船長が、別れの挨拶の半ばで声を潜める。そんな船長の耳に、共犯者の顔で見習い聖女がささやき返していた。
「次のお客さんと荷の依頼が減っちゃうから?」
「そういうこった」

屈託の無い船長のウィンクに胸をなで下ろす。
昨夜はティアのお陰で助かった。人目は無いものと油断し、幻術を解いて物思いなどしていた主の失態を、見事に救ってくれた。助けを求める心話を受けた時は肝が冷えたが、法衣が人に与える安心感は大したものだ。

「ねぇ、船を後押しさせてた風の精霊…もう、解体した?」
「いや。だがもう必要ないし、元々名を与えるつもりもない半端な存在だ。魔力の供給を断てば数日で大気に解ける」
「それ、ちょうだい。ちゃんと面倒見るから」
主は困惑しているようだが、それぐらいの褒美は与えてもいいだろう。人々の間に生まれかけた不信や不安を、見習い聖女というティアの肩書きがことごとく潰してくれていた。

「自律させるまで、時間と魔力をかなり費やすことに」
「平気、あたし若いし魔力にも自信あるから」
ため息をついた主が、ティアの左手の平に精霊との契約の紋を転写する。緑の輝きが吸い込まれ、蜜色の髪を一瞬風が巻いた。
「なんて名前にしようかなぁ」
「残念だが、まだ名前という概念を理解出来るほど成長していない」

ティアが口を尖らせている間に、錨が下ろされボロを詰めた網枕を桟橋にこすり付けて船は止まった。モヤイが結ばれ左舷に渡された板の上に手すり代わりのロープが張られる。

支度が出来た客から下船が始まった。
元々、背負い袋ひとつとスタッフしか持たないティアや、荷らしい荷を持たない主は身軽に降りていくが、荷物がある身ではそうもいかない。受け取った鞄と引き換えに、運んでくれた水夫に銀貨を数枚にぎらせた。

甲高い声に目をこらすと、母親に抱えられ迎えの馬車に乗り込もうとしていたジミーが、こっちに向かって手を振っていた。わが子と一緒になってにこやかに手を振る夫人に礼で応えながら、胸に広がる苦いものを飲み込む。

2人が全てを忘れているように、悪い夢だと忘れてしまえればどんなにいいか。病人から助けを求められれば親切に応える素直な水夫を、船倉の暗がりに引きこむ主の笑みも、凶行のあいだ見張りを命じられた事も。2人目のせいで、治療士の疑いを招いたことも。

だが、疑り深い船員が酒の力を借りて教会に告げ口したところで、都市の闇に生きる有象無象どもに紛れてしまえば、容易には見つかるまい。治安がいいのは大商人の傭兵や自警団が取り締まっている港湾地区だけだと聞いた。

キングポート…何度も停泊しているが、昔は通過点でしかなかった。
留まるのは同行する志願者を、血の提供者を補充するほんのひと時のみ。

かつては舷窓越しに見ているだけだった賑わいの中へ、ドルクは足を踏み入れた。

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