重い足を引きずって迫ってくる金色の騎士。反射的にアレフは引き返そうかと思った。だが戻るべき通路の天井から、人より軽く硬い異質な気配がいくつか降り立つのを感じた。おそらくサウスカナディ城を守る主役は彼ら。派手なヨロイ人形は逃げ場のない隘路《あいろ》へ追い込むおどしか。
「この下半身デブが旧友さん? 人…生き物じゃないよね」
スタッフを構えたティアの声は冷静だ。
「よく分かりましたね」
「聖騎士みたいに臭くないもん」
なるほど、プレートアーマーを着た人間なら、刺し子や革ベルトに染みた汗が臭うか。
ななめから振り下ろされる戦斧を避けて走った。床から指一本の空隙を残して危険な諸刃の斧は弧を描き、元の位置へ戻る。ホールの床や壁に目立つキズはない。守るべき城を壊すような戦い方はしないということか。ならば
「奥の階段のそばへ」
入り組んだ場所なら動きが制限されるはず。
「あれって本物の金?」
「おそらく表面だけサビ止めに」
金の被膜の下は厚い鋼だろう。表面をうめる渦の意匠も強度を上げるため。なまなかな攻撃は通じまい。
「これ程なめらかに動く大きな自動人形《オートマタ》とは、さすがシーナン様でございますな」
ドルクは武器を収めたまま。獣化して斧を振るっても腕を痛めるだけだと気づいているか。
「なんだ、ゼンマイ仕掛けのカラクリか」
「ゼンマイが切れる事はないですが」
おそらく動力源は“船”と同じもの。100年は動き続けるはず。
方向転換した金色の騎士は戦斧を振り回せないとなると柄で突いてきた。散って逃げたが、疲れを知らぬ相手ではいずれ3人とも捕まる。高窓から差し込む陽光のなかで両断され灰と化す未来図が頭をよぎった。
「カラクリでも衛士なら、あんたの言うこと聞くんじゃないの?」
正面の大階段の中ほどからティアが叫ぶ。
「話の通じる相手ならまず警告があります。さっき術で強引に門を開けました。彼らにとって私は、窓を割って侵入した賊と大差ありません」
「ヴァンパイアの腕力で何とかなんない?」
「柄まで鉄で出来ている戦斧を完全に制御する相手に、私が敵うとでも?」
ドルクを追い詰めようとしている金色の騎士の肩に、小さな火球を当てて注意を引く。この程度の熱量では一部を灼熱させてもすぐ常温に戻る。氷漬けにして足止めするのはムリだろう。湿度が低すぎる。風を操って作る真空もおそらく無意味。
あとは土か…何か記憶に引っかかる。砂鉄がどうのと泣いていたのは誰だったろう。折ってしまいそうな細い手首。暗い部屋の隅に伏せる老婆の昔語り。排除しようとしても突き刺さる心の叫びと記憶。携行食として買った娘に助けられるか。あまりの皮肉さに笑えた。
「ティアさん、刀子でヒザの裏の黒い被膜にアナを開けられますか?」
戦斧を避けながら叫んだ。法服のすそを大胆にまくり上げ、虹色の小刀を手にするのが見えた。不意に持ち手を変えて襲ってきた柄に、したたかに脇を打たれたが、肋骨のヒビ程度ならすぐに治る。次の一撃を転がって避けたとき、二条の光が金色の騎士の背後に向かって放たれるのが見えた。
一つは金属音。もう一つは鈍い音。金色の騎士がしばしあがき、戦斧で器用に左ヒザ裏の刀子を叩き落とす。だが、精妙なヒザを守る蛇腹状の被膜の裂け目は、かえって広がったはずだ。
ベルトの物入れから触媒に使う鉄粉の小ビンを出し、コルクを抜いた。風の呪を唱えた。つむじ風に鉄の粉を乗せて金色の騎士にまとわりつかせる。
ほとんど音も無く動いていた金色の騎士から、耳をふさぎたくなる異音が生じた。それでも数歩、すり足で向かってきたが左足に重心が移った瞬間、動きが止まった。
この重量では、片足が動作不良になっただけでも命取りだ。関節部から完全に鉄粉を除去するまで金色の騎士は動けない。
「もう大丈夫?」
「多分…」
階段から降りてくるティアに笑ってみせてから、小ビンを戻し、扉を開けるのに使った水晶球を取り出した。金色の騎士に言葉は通じない。だが、昔シーナンがくれた水晶ごしでなら話せるはずだ。
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