タイル張りの地下室は青白い光に照らされてた。作業台に座ってるのはハダカの人形。若草色の髪はうすくて、ガラスの眼は夕日色。言葉を話しているけど口は微笑んだまま動かない。人に似せて作られたハズなのに関節が甲虫っぽい。
馬車で留守番してるあの娘を思い出して、ティアは目をそらした。
たぶん手足の細さのせい。パンも肉もイモも、一番大きいのを食べさせてるのにヤセたまま。滋養をつけても失った血を作るのについやされる。血が肉に変わる前にアレフがすすり取ってしまう。まるで穴の開いた水入れ。今のままじゃ解呪に耐える体力つかないかも。
等身大人形との再会を喜んでる男2人はほっといて“研究室”を見て回った。
書棚はくっきりした筆跡の旧字で埋められた帳面ばかり。奥にはあたしにハジをかかせてくれた丸いヤツが、つづれ織りみたいな中身をさらして10個ばかり積まれてた。
壁には、作りかけなのかコワれているのか分からない、鉄人形が8体。右のは金色のヤツと同じ大きさのイブシ銀のヨロイ。左に行くほど小さくなって、一番ハシの黒いのは小柄な人と同じ大きさだった。手が刃物になってるのもいる。
「ホロビ…タ、オ父さんノ、さいご…コトバ」
お父さんね。子供を作れない不死者が、人形作って永遠の親子ゴッコ。バカバカしい。病気の心配も反抗期もない親孝行すぎる子供じゃ、哀しみがないぶん可愛さや面白さも半分なんじゃないかな。
振り返ると作業台の上に、半透明の小人がいた。白い長衣に気取ったヒゲのやせた男…あれがこの城の主だったシーナン・アウグスト。
『誰が聞くかは知らん。これが最後の研究報告になるかも知れん。テンプルのヤツらファラ様から奪った知識を悪用してキマイラを作りおった。堀を切り壁を厚くして、ロビィ達に対抗させて来たが…』
子供を残して逝かなきゃならない不安や、先立たれる心配のない親子関係ってどんなだろう。あたしは…死別するって小さい頃からわかってた。
呪縛を解くためにあたしがアレフを滅ぼしたら、裏切り者の親として父さんは処刑されたはず。その前に一度でいい。あたしを一番に思ってくれたらそれで十分。たとえ憎しみでも、父さんの心があたしで一杯になるなら、かまわないと思った。
『誰かがヤツらから賢者の石を取り上げねば、みな滅ぼされる!モル1人の逆恨みで有能な魔法士が失われるのは、世界にとってえらい損害じゃ!』
…滅びる前、シーナンは残していくロビィたちの事を案じたのかな。ロバート・ウェゲナーが戸惑いながら、アレフの行く末を心配してたみたいに。
『船が街に突っ込んできただと?ワシが4番目に作ったプリュームか。まったく次から次へと』
もっともシーナンは人形を戦わせて、盾にもした。生身の人間が我が子に抱くほどの思い入れは無かったかも知れない。
『ロビィ、次にここへ来た不死者に、これを見せるんだぞ!健勝でな』
「イ…ジョウ…です」
半透明の小人を見つめていたロビィとかいう人形が正面を向くと、シーナンの姿はかき消えた。静けさが戻った。
「お茶で一息つかれますか」
青い髪の…口もちゃんと動く人形が、ガラスの茶器を乗せた銀色のお盆を手に近づいてきた。声も動きも表情も妙に人間ぽくて気持ち悪い。作業台に座ってる微笑みっぱなしの人形の方が、まだ可愛げがある。
「このような代用品しかお出しできなくて、申し訳ありません。牢に入れておいた者達は、お召しいただけない状態になっておりました」
代理人候補を見るかぎり、アレフに選り好みする気はまったく無し。温かい血が流れてるなら老若男女カンケー無しだけど、さすがに干からびた死体からは飲めないか。
「代用品って、なに?」
透明なポットから切子のカップに真っ黒な液体が注がれる。匂いは治療師からせしめた高価な乾燥ハーブに少し似てる。味は…ほのかに甘くてシブくて青臭くてとろみがあった。そんなにヒドくない。体が温まって、ちょっと頭がすっきりする感じ。
「なぜ、アレフ様より先に貴女が飲むのですか?」
「いわゆる毒見。気にしないで」
そう言ったのに青い髪の人形は気にしたみたいで、金色の目でにらんでる。
そっか、薬って手があった。キングポートの薬屋で聞いた乾燥ハーブの煎じ液の効能…気付け薬、強壮剤、病後の体力回復。これ、使えるかもしれない。
「葉っぱがまだあるなら分けてくれない?」ただでさえ無愛想な人形がもっと不機嫌になった「あたしが飲むわけじゃないんだけどな」
「アレフ様、異空間上にシーナン様が組み上げたケアーとの接続標識となる呪を、お手持ちの水晶球に組み込ませてください」
青髪人形、あたしを完全に無視しやがった。
「シーナン様と私たちの全ての記憶は、ケアーに預けてあります。永久に消えることは無くとも、この先、誰の目にも触れないのなら、時の中でほころび散逸する本と同じ」
涙ナシで泣き落としかける青髪人形に、アレフが水晶球を渡した。予備があったと3個の水晶球を持って戻ってきた青髪人形は、“恵んでやる”みたいな態度でビン詰めの黒い茶葉を、あたしの手に落としていった。
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