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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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アレフは岩をけり、とがった葉の低木を跳びこえた。夜風をきって走るのは楽しい。速さそのものが快楽だ。

ドルクとティアの気配は遥か後方。本気で走れば馬の方が速い。だが、足場の悪いガレ場を、乗り手にも負担のかからぬ速度で、繁みを回避しながら駆ける馬が追いつく事はまずない。

ここ数日間のうっとおしい気分が風の中に解けていく。
すでに脈も呼吸もない身だが、胸に過度の負担がかかる様な行動を続ければ、爽快さを感じる。生身だった頃の習慣が頭にしみついているのか、人の心を失わないための擬似反応かは判らない。

だが、爽快さの代償に力は消耗する。補充するには、あの娘の喉に牙を突きたて奪うしかない。

アレフの口づけを喜ばない娘の存在は、痛いと同時に甘美で腹立たしい。塞がり切らぬ傷をこじ開けるときは強ばり、血をすすりとっているあいだ震え続けるか細い体。心の底に押し込めてきた残忍さを否応なく自覚させられる。

疑っていた恐怖が現実だと知った瞬間のおののき。抗えぬ運命を悟りこわばる顔。声も封じられた無力感にこぼす涙。
血を味わうより先に娘の反応に愉悦を覚えていた。

最良の予想が当たれば、この先に待つ何者かに会って無事に戻る道すがら、待ち伏せていた横取り狙いの襲撃者を生け捕りにして飢えを満たす。娘にこれ以上の負担を強いる必要はなくなる。

最悪なら、私とドルクが灰と化し、娘は呪縛から解放され…
いや本当の最悪は、滅びる一歩前の傷を負い、娘の命を飲み尽くす以外、手のない事態におちいる事か。

足がゆるんだ。
いつしか足元の石に、人工的なレンガや陶器の破片、そしてこげた金属が混ざるようになっていた。

丘の頂上から盆地を見下ろした。建物が吹き飛ばされ四角い基礎だけが残る城下町の跡が広がっていた。その向こうに無傷だが灯もなく生き物の気配もない黒々としたサウスカナディ城が横たわっている。

風化しかけた破壊の中心部には、溶け折れた金属の檻《おり》。おそらく瘴石を採掘できるウェンズミートで作った劫火《ごうか》を、オリシアの御座船を使って運び込んだのだろう。たとえ術式は書物で知る事ができても、大昔に封印された禁断の技。今の職人たちの腕で蘇らせたとすれば、小型であっても荷馬車で運べる重量には納まらなかったはず。

人々の命と生活を蒸発させ吹き飛ばし、焼き尽くした災厄の跡を歩いて城門前に立った。炎と熱は城壁で防げても、重い光が城をつらぬき、地上部にいた者達はおそらく即死。シーナンが作り出した眷族もその大半が二度と動かぬガラクタになったろう。

たまたま地下深くにいて難を逃れた者も、危険な数日だと知りながら…いや危険だと教えられずに攻め込んだ討伐隊から、シーナンを守って散ったのだろうか。

馬のひずめが小石を踏みくずす音を、遠く背後に聞いた。振り向くと、丘から降りてくる影が二つ。夜目が効くドルクに先導されてティアも無事にたどり着いたようだ。

土に埋まりかけた堀を一周し、城の正面に戻った時、ドルクが折れ残った廃墟の柱に馬を繋いでいた。
「城の井戸は使えるでしょうか」
「おそらく…だが、守護者がいるようだ」
視線で暗い城の窓を示した。
「割れたガラスをていねいに紙で貼り合わせてございますな。根気のいる事を」
「彼らに飽きるという概念は多分ないよ」

「行くんでしょ」
ティアがサドルバッグに差していたスタッフを引き抜いて、かるく型を演じる。最初からケンカごし……乗馬で強ばった手足をほぐしていると解釈しよう。

石造りの橋の先、正面の鉄の門はかたく閉ざされていた。助けを求めるような手の跡が幾つか焼き付いているのに気づいた。城を取り巻く砂ぼこりのいくらかは、ここで死んでいった人々の骨かもしれない。

横のくぼみの奥にある通用門を試す。鋲打ちされた冷たい金属の扉の中央に手のひらを押し当てた。
「アルフレッド・ウェゲナー」
名乗った直後、扉の一部にあわい燐光が現れたが、すぐに消えた。扉は開かない。厚い石壁に包まれていたお陰か死んではいない。だが、正常でもない。

物入れから水晶玉を出した。洋上にいるとき身を守ってくれた地の結界の術を、開錠の術式に書き換える。扉に近づけ呪を発動させた。
水晶球が扉を支配している呪を解き、組み替えていく。淡い燐光が四角い模様をいくつか描き、扉は内側に向かって静かに開いた。

内部は清浄だった。
チリ一つ落ちていない暗い床。顔が映りそうなぐらいなめらかな黒い壁は、かつて訪れた時のまま。だが正面のホールに、見た事のない物があった。

「金色の、ヨロイ?」
ランタンを掲げたティアが息を呑む。細やかな細工をほどこした全身ヨロイが、中央に佇んでいた。ただ、人が着るには大きすぎる。背丈は常人の2倍、横幅は3倍。

ホールに足を踏み入れた直後、金色のヨロイは静かに右手の戦斧を振り上げた。

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