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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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ティアの顔が左右の目にズレて映る。気持ちが悪い。脳に加えられた振動のせいだ。首もうまく動かない。もし生身だったら頚椎を損傷している。

これは為し合いじゃない。ティアは明らかな殺意をもって腕と足を繰り出してくる。このままでは殺される…いや“壊され”る。
焦って出した右手は、また空を切った。

跳び離れたティアのきらめく瞳。親族含めて死罪となる大逆を為そうとする者の顔。いや、立場と義務を投げ出した時から、太守としての法的特権は失っているか。

クインポートまであと半日。街道から少し外れた牧草地に人影は無い。馬車を換えフードを目深にかぶり軽い幻術をまとっての、忍びの道行き。斃されても死体が残らない身ならば、ティアを咎める法は無い。目撃者がいなければ…
ああ、ドルクがいた。止める素振りもなく、夕食の支度に勤しんでいるが。

考えている間に目の焦点は合い、首の痛みは消えていく。だが、回復に関して条件は等しい。私が滅びない限り二人とも死ぬ事は無い。

ならば、ティアの手か足を折って行動不能にすれば、このバカげた事態は終わる。幸いイモータルリングを介した心理干渉は拒絶されている。同調してこちらまで痛みを感じる事も無いはずだ。

為し合いである以上“まいった”の一言でもこの事態は終結するが、負けてもいないのに、口にはできない。ティアの身を思ってナドと言い訳したら後が怖い…気がする。

ティアの右腕に殺気を感じる。
突っ込んでくる前に、跳び込んで掴もうとした。突き出されたハズの拳が消失する。左側頭を殴られて混乱した直後に、ミゾオチに尖ったモノが食い込む。灰色のスカートの影にある足首を掴もうとしたが、そこには何もなかった。

距離をとって心を落ち着ける。さっきまでの打撃と違って痛みはさほど無いが、ティアの動きが見えない。いや、違う。見えているのとは少しズレた位置から手足が来る。おそらく錯覚を利用した技だろう。悔しいが身体の扱いでは彼女の方が長じている。

私に、ティアの手足は掴めない。
ならば動きの鈍い胴体か頭…は、幾らなんでも危険すぎるか。肩を捕らえ骨を砕いて動きを止める。こちらの手も無事では済まないが、このままでは勝てない。

狙いを定めた直後、ティアの方から突っ込んできた。肩に伸ばした手が打たれて外れ、横合いから重いものが叩きつけられた。夕空が回転する。
気づくと目の前には青草。その向こうでティアが太ももを撫でながら息を整えていた。ダメだ。胴体に集中すると末端と他の四肢の動きが完全に視界から消える。

だが何度打たれ蹴られても、諦めなければ…最後に一つでも当てれば勝てる。
同じように回復はしていても、生身には限界がある。柔らかな筋肉は栄養素を消費し続け熱を帯び疲労が蓄積する。必ず動きが鈍る時が来る。

そのためには、休んではいられない。
立って、可能な限りよけて、変化を待つ。

喉を突きにくる左手を、体をハスにして避けた直後、足の甲に痛みが走る。うずくまろうとした腹に一撃を食らう。
だが、今回のは確かに見えた。

踏まれなかった足で地を蹴り肩に手を伸ばす。掴みきれなかったが、服にはかすった。

限界が、来た。
次は捕まえる。

反転しながら背後へ回ろうとするティアの腕がはっきり目に映る。
これなら楽に手首も捕らえられる。掴んでひねり上げれば、終わる。

手が届く寸前、彼女の腕がブレた。爪に柔らかい肌を裂く感触。赤い線から血がしぶく。鮮烈な色と香りに思わず手を引いた直後、灰色の塊が胸にぶつかり、手のひらで突かれた。心臓がひしゃげるような激痛。うその様に体が宙に舞う。地面に頭が叩きつけられ感覚が途切れた。

意識を引き戻したのは、胸を重量物に潰される衝撃。血が逆流する苦しさに体が反る。何が起きているのか知ろうと開けた目を白い光が刺した。

耳には心地良い歌うような詠唱。地面に走る白い方陣。
これは、ホーリーシンボル。
対処法は術者を殺すか…効果範囲から逃げる。

手に力が入らない。
痛む足が空しく地面を掻く。
わずかなら移動できるが術式完了まであとわずか。間に、合わない。

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