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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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教会が再開されると、工房が作る組合や、大商人らとの関係は改善した。
歩み寄りの証として代理人事務所にやってきたのは褐色の肌と巻き毛を持つ、独立したばかりの調香師。会合で損な役を押し付けあった末、慌てて差し出された贄かと思ったが、当人の強引な立候補と知ってイヴリンは驚いた。
あの夜、走るアレフ様を見てしまったらしい。無意識の魅了…罪な事をなさる。

血と引き換えに太守の後ろ盾を望む香水屋を伴って、イヴリンが城を訪れたのは出立の直前。表面的には昔どおりの威容を誇る広間。だが、かつてを知る者の目には、薄いじゅうたんは床の応急修理の跡を隠す為だと知れる。新品のタペストリーは絵柄同士に関連性もなく、色合いも軽く感じられた。

赤いベルベットを掛けた玉座の前で商会の代表者を迎えたアレフ様の装束に、かすかに眉をひそめる。一応、領地を掌握する為に、視察に出かけるというウワサは流してあったが、このような場面では略式過ぎないだろうか。自己紹介の途中で瞳を捕らえられ、頬を上気させて冷たい抱擁に身を任せた調香師は、気にしていないだろうが。

張りのある褐色の肌を楽しむようにゆっくりと唇を這わせた後、牙を閃かせて首筋に顔を埋める様をイヴリンは見ていた。うっとりと細められる目と、香水屋がもらす溜め息に喉の疵痕がうずく。この感情は嫉妬、だろうか。

正式な場で丁寧に味あわれている調香師と、支配関係を確立する為の形式的な一口しか飲んで貰っていない私。状況が違うと言ってしまえばそれまでの事。量と回数を抑えるのは、有能なしもべを長くもたせたいという意向の表れ。信用されている事を誇りにこそ思え、心を揺らせる理由は無い。

抱擁を解かれた香水屋が陶酔にひたったまま退出する。扉前で警護していた衛士も共に去り、空虚さが残った。
笑みを浮かべ後味を楽しんでいる主にそっと声をかけた。
「ウェルトン様…リチャード・ウェルトン様、リック!」
夢から覚めたように主の目がイヴリンに向けられる。
「ああ、私のことだったな」

「一瞬、反応が遅れただけでも、目ざとい者は気づきます。ドライリバーを越えるまではお気をつけ下さい」
携えてきた5冊の手形帳を差し出しながらも、不安がよぎる。人を介して複数の名義で口座を開いたが、為替による海を越えた送金を司っているのは教会だ。
「うち一つは古い口座を孫が相続したという形に。筆跡がそっくりなのは祖父に似たのだと言って」

「手数かけたね。…その上、こんな物まで押し付けようとしている私を、恨んでくれて構わないよ」
引き換えに渡された水晶球は、手には温かく感じられた。肉体を持たない精神だけのホムンクルス。そう説明は受けているが、正直仕組みはよく解らない。

解っているのは使い方。特定の呪を唱えれば、しばらくの間だけ水晶球を持つ者の心と代理人達の心を繋ぎ、アレフ様の代わりに心話を送る事が出来る。同じ声音《こわね》で…いや、心色《うらいろ》という言葉を使っておられたか。

距離が遠くなれば心話は弱まる。遠い地では季節も違えば日没の時間も異なる。本当はこの地を離れていると気づかせない為の術具。目を凝らせば赤く細い筋が水晶の内部に幾つも走り、繊細な模様を織り上げていた。この色は血、だろうか。

「歳若い代理人には特に気配りを…1人で解決できない問題なら、水晶を介して老練な者に助言を求めればいい。私より的確な答えが返ってくる」
「皆をあざむく様な術具を作られずとも、わたくしを闇の子にしていただけば、名代を務めさせていただきますのに」
黙って首を振る主に、やるせなさを覚える。滅びの道連れとなる命の存在が、主をこの世に繋ぎ止める縁になればと思っての申し出。永遠の命などという幻想に興味は無い。

「まずはジェイルの工房に、香水ビン製作を考慮するよう指示を出してみてくれないか。貴女が連れてきた巻き毛の野心家の望みだ」
腕の良い型師を抱えたワインボトルの工房。てのひらに乗る小瓶など児戯にすぎぬと門前払いを食らった。そう、道みち香水屋が話していたのを思い出した。

「わずかな血と引き換えにどれほどの力を得たのか…彼も疑っているが、私自身も知りたい。知己のいない工房が、時代に取り残された老人の言う事を聞いてくれるものかどうか」
イヴリンの肩に軽く手を触れた後、扉へと向かった主が突然声を上げて笑った。
「どうなさいました?」

「必死に権威の網を張ろうとしているのが自分でもおかしくてね。晩秋に壮大な巣を張るクモの様だ…どうせすぐに凍えて死ぬのに」
「不吉なことを」
クモの雄は秋に恋をする。そして思いを遂げたあと雌に殺されるという。その身を次代に捧げるために。

「あの、聖女見習いはどうしています?」
「書庫に入り浸っている。精霊魔法を覚えたいらしい。辞書片手では何年かかるか」
手に入れた存在の貴重さを彼女は分かっているのだろうか。アレフ様が滅びてしまえば血の絆は崩壊し水晶球の力も失われる。東大陸の秩序の要を預ける以上、身を犠牲にしてでも守っていただく。
間違っても、食ってもらっては困る。

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