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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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塩漬けでもくんせいでもない牛肉のロースト。酢漬け野菜が一片も入っていない緑のサラダ。リンゴ以外の生の果物。生クリームを添えた焼き菓子。船首手前の狭い台所でジェフが作り出した奇跡の数々。出航した当日しか口に出来ない特別料理が、ありったけのランタンに照らされ、グレッグ船長の前に並んでいた。

船底の大部屋に吊られた簡素なハンモックで揺られて眠る3等客も、その上の4人部屋やメインマスト付近の2人部屋で、籐編みの吊り寝台に眠る2等と1等の客も、船尾楼のガラス窓越しに星を見て眠る特等船室の客も、今日と上陸の前日だけは、同じご馳走を前にする。

食堂に入りきれない水夫も、当直以外は同じ料理を器に盛り、主甲板廊下や上甲板で乾杯の合図を待っている。これはグースエッグ号の法律たるグレッグの方針だった。
船酔いしている乗客が迷惑がろうと、譲る気は無い。

狭い船内で半月ばかり共に過ごす乗組員と乗客は、仮の家族みたいなものだ。少々気に食わないヤツがいても、叩き出す事も出て行く事も出来ない。だから親しくなれる相手か、浅く形ばかりの付き合いにした方が無難なヤツか、この晩餐で互いに見極める。

事務長と甲板長にうなづきかけ、グレッグは銀の酒盃を手に取った。同じテーブルについている特等船室の若夫婦と同じボトルから注いだ最高級の発泡ワイン。味と香りも軽やかな淡い黄金色の酒は、見た目からして華やかだ。

その向こうのテーブルでは航海士や船療士と共に、6人の一等客たちが酒盃を手にしている。注がれているのは当たり年の白ワイン。身なりのいい商人や、上品な老夫婦の中で異彩を放っているのは、灰色の法服をまとった若い娘だ。
跡継ぎになれなかった富豪の息子や出戻り娘が、寄付金をつけてテンプルに放り込まれる事はよくあるが…ハタチ前に見限られるとは一体なにを仕出かしたのやら。

その向こうでは8人の二等客が赤ワインの入った酒盃を手にしている。最も遠いテーブルでは、窮屈そうに10人の三等客が舌を刺す安酒をいれた木の酒盃を手にしていた。
だが、ジェフに言わせれば、船で揺られて味の変わった高い酒を有難がっている中央大陸の金持ちどもより、三等客の方がずっと美味い酒を飲んでいる事になるらしい。

「航海の無事と、皆さんの新天地での成功を祈って、乾杯!」
『乾杯!』
グースエッグ号全体から、安全と幸運への願いが込もった唱和が起きる。

たった1人の仲間はずれは、一番幼いお客だ。船が港をゆるゆる進んでいた間に、母親が甘い茶で乾杯させ、果物入りの蒸しパンを与えて、さっさと寝かしつけてしまった。整えたヒゲを引っ張られるのは困るが、明日の朝まで無邪気な笑顔はお預けというのはチト寂しい。

にぎやかに始まった晩餐だが、さっぱり食が進まない者もいる。横の巻き毛のご婦人は元気だが、夫君の方がどうもイケない。上品な老女と、その横で青ざめている若者は、早めに風下の船ベリか船室にゆくよう船療士に忠告を受けている。他にも5人ばかり口や胸を押さえている者がいる。

だが、グレッグが目をつけておきたいのは間もなく上甲板へ走っていく連中ではない。
まず、一等船室の太った商人。どうも態度が尊大だ。こいつは立てつつ必要以上に近づかないほうがいい。それにひきかえ、ヒゲ男は老夫婦を気遣い場を和ませようとしていて好感がもてる。

酒樽に取り付き、立て続けにあおっている赤ら顔の男はかなり酒グセが悪そうだ。体格もある。いざとなったら4~5人がかりで取り押さえる事になるだろう。
バラ色のドレスをまとい胸を強調している年増女も、別の意味で厄介ごとのタネになりそうだ。

向こうの皮チョッキは、懐に物騒な刃物を呑んでいるようだ。それに目つきがどうにもマズい。人死にが出るとしたら、こいつと水夫のモメゴトだろう。相手にしないようキツく言っておかねば。

他に凶状持ちはいなさそうだ。いても博打打ちやこそ泥ていど。今回の客は質がいい。よほど風が悪くなければ、みな無事にキングポートに着くだろう。

さてと、あとは酒と会話の時間。
「皆さんは幸運だ。中央大陸の者ならそう言いますな。人をほしいままに食らう魔物の支配から逃れて、光の中をゆく道を選んだと」

中央大陸が憂いの無い新天地というのは嘘だ。骨董品のような魔物より、卑劣で無情で始末に負えない者どもがのさばる自由の大地。だが、船上にある時ぐらいは、乗客たちに夢と希望をいだかせておいてやろう。現実は後からイヤというほど味わえる。

「昨夜も、港ちかくの村で、妹たちを飢えから救わんとした健気な娘が、褒賞をちらつかせ甘言を弄する人外の手下に連れ去られ、そのまま戻らなかったとか」
「すみません…」
謝る声と立ち上がる音。口を押さえる指の間から雫をもらしつつ、船療士が示す階段へよろけながら向かった若者に続いて、数人が相次いで席を立ち、グレッグの話をさえぎった。
間に合わなかった者もいるが、大体は風下の船縁にたどりついたようだ。船療士に特等客の付き添い頼むと、グレッグは話を続けた。

「船にも魔物はいる。いま見た通り船酔いというのは実に恐ろしい魔物だ。今、消えた者達も二度とここには戻らんだろう」グレッグは声を低くした「魔物は執念深い。少なくとも3度キバを剥く。2度目は東大陸から中央大陸へ向かう風と海流に乗って船足が上がるとき、3度目は到着間際。ドライリバーの河口には船を躍らせる危険な波が立つ」

おどけて体を大きく揺らせていたグレッグは、最後にイジワルな笑みを浮かべた。
「この話は、今出て行った者たちにはナイショだ。一度魔物に捕らわれた者は、揺れると聞くだけで上甲板へ走っていっちまうからな」

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