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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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今の城に行くのは不安だった。
先代のロバート・ウェゲナー様の服なら3度作ったことがある。前は不安な事は何もなかった。しかし新しいご領主は…アルフレッド様はどうだろう。

使い慣れた巻き尺、採寸表と鉛筆、問屋が置いていった最新の生地見本。仕立て屋のクリムはカバンの中身を再確認しながら、最近薄くなってきた頭の中で、街で聞いた噂をひねくり回していた。

本当の年齢は先代様と大して変わりない。だが、見た目は若い。城にモル司祭が放った魔物を一掃したのなら強い魔力を持っているのだろう。しかし、40年間眠り続けていたから、面識のある職人仲間はひとりもいなかった。老舗の靴屋が古い足型を出してくれたが、左右に目立った違いが無く、肉が薄い事ぐらいしか解らない。

代理人の使いが服の仕立てを頼みにきたとき、クリムは15年やってきた店を畳むか弟子に任せるか考えている最中だった。断ろうかとも思ったが、違う土地で新しく店を構えるとなれば銅貨1枚だって欲しい。結局承知してしまった。

だが寸法が解らない。御用職人だった仕立て屋は亡くなっていた。跡取り娘は帽子屋に商売替えしていて、昔の記録は何も残っていなかった。城には行かなくてはならない。気が重かった。

馴染みの無い客。しかも権力者とくれば誰だって腰が引ける。ちょっと物言いが気に食わないとか、わずかなしくじりで罪を着せられ処刑される事もありえる。それ以上に、人を食う存在だという真実が恐い。

夕日を背にブドウ畑に刻まれた坂道を登り、日没と同時に城についた。
門を警護していた衛士に招きいれられ、石造りの廊下を行く間も不安だった。立ち襟に蝶ネクタイ、黒無地に貝ボタンをあしらった型の古い衣装の案内人にも馴染みが無い。ドルクと名乗り新しい領主の側近く仕える者だとにこやかに話しかけてくれたが、クリムには狼の笑みに見えた。

通されたことの無い西角の部屋に案内され、新しいご領主に引き合わされたとき、じっとりと手に汗がにじむのを感じた。
「呼びつけて済まなかった。急ぎ旅装を一揃い仕立ててはくれないか。材料と方法は任せる」
「それでは、失礼してお体を測らせていただけますでしょうか」
目を見ないように注意して巻尺を首にかけ採寸表を鞄から出す。助手は連れてこなかった。危険は自分一人でいい。

「手伝いましょう」
手を差し伸べた案内人に礼をいって記録を頼み、采寸に取りかかる。上着を脱いだ不死者の体を正確に細かく測ってゆく。先代様より細く手足がひょろ長い。しかし布の下の硬く冷たい感触は同じだった。鉄の腕《かいな》ともいわれる強靱な肉体。生身の体ならひとたまりもなく掴み潰され引き裂かれる。

その体を覆うシャツは布地も仕立ても良いものだったが、型は古くあちこち擦り切れかけていた。墓場の匂いがするような気がした。
「取って食いはしないから、落ち着いて仕事をしてくれればいい」
いつしか指が震えていた。クリムはおのれを叱咤して何とか采寸を終えた。

「3日お待ち下さい。ご満足いただける品をお届いたします」
今着ていた衣裳で好みも大体分かる。
「よろしく頼む」
紅い唇がつり上がる。肉食獣の笑み。気に入らなければ食い殺されるかも知れない。

クリムが店に戻ると使者を通じて手付け金が届けられていた。

クリムは采寸した表を見習いの小僧に書き写させ、同じ体格の若者を捜しに行かせた。

まずはシャツの型紙を起こす。襟は多少広く当世風に。しかしボタンは隠して派手さは抑える。袖が少し膨らんだ艶と張りのある白無地のシャツ。皮脂の汚れとは無縁なお方だが、3枚分裁断した。先代様の様に、胸元に赤い染みをつける事もあるだろう。

旅装ならば上着は丈夫な布がいいだろう。青ざめた白い肌と銀の髪が映える滑らかな黒い布。銀色の裏地と唇に合わせた血の色の飾り紐。それらを問屋から取り寄せる間に数点のデザイン画を描き、弟子のカイルと職人たちに見せて感想を聞いた。

型紙に起こしたのは腰周りを絞り込んだ物。広がる裾には3つのスリット。肩に入れる芯は小さめ。袖は動きやすさを優先して余裕もたせ、背の中心と脇下には大胆に切れ込みを入れた。同じ布で作るズボンは真っ直ぐな足の線が出るよう極力飾りを廃し体に沿わせる。

翌朝、追加だと“直し”の依頼書と共に届けられた夜空を思わせる布で裏打ちしたマントは、一度解いた後、繊細なヒダが出るようクリム自らが慎重に針を進めて縫い直した。

仮縫いは、小僧が見つけてきた細身の若者に銀のカツラを被せて済ませた。クリムはお針子を集め、職人たちと共に1昼夜かけて衣裳一式を縫い上げた。木型を見せてくれた靴屋に頼んだブーツ、その知り合いに依頼した、黒い皮手袋や靴下、ベルトに物入れといった小物も何とか整った。

夕刻、それらを収めた箱を抱えて馬車に乗り込んだときは、疲れと出来栄えにたいする自信で、前ほどの恐れはなかった。
同じ部屋に通されたのも落ち着けた理由かもしれない。ドルクに手伝わせてご領主が新しい服をまとうのを怯える事無く見ていられた。

思った通りに出たヒダと影にクリムは満足した。夜の闇と月光が凝ったような姿に見とれた。寸分たがわぬ体形のはずだが、仮縫いに雇った若者とは風格が違う。

主従からの賛辞を頭を下げて聞き、その後、普段用のコートを頼みたいと言われた。クリムは首を横に振った。
「弟子のカイルにお任せ下さい。私はこの仕事を最後にバフルを出るつもりでおります」
思ったより楽に言葉は出た。

「それが良いかもしれないな」
応えたのは若者が不意に年をとったかのような…本当の年齢の声。気迫のない、敗北者の響きだった。

君主としての装束ではなく旅装を注文する新しい領主。クリムは確信した。この方は領地を捨てようとしている。この小さな大陸の外は人の世界なのだ。近いうちこの地にも夜明けがもたらされる。その前に、密かに逃亡しようとしている。

クリムが作った衣裳には危険な闇が込めてある。この上無く魔物に似合う服。それは海の向こうの同胞へ放つ警告だ。血の香りと闇をまとう旅人に近づくなと。黒ずくめの異邦人が秘める牙に気をつけろと。

クリムはドルクから残りの代金を受け取った。ずいぶん重くて慌てたが
「新しい地での店の資金に当ててください、とのことです」
そう言われて初めてクリムは魔物に感謝した。

1ヶ月後、通りの店を弟子に任せたクリムは、妻が唯一遺してくれた娘を連れてバフルを出た。

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