「今度は何をやらかした?」
道端に止めた馬車に一人残っていたアレフは、危急を知らせるドルクからの心話に対して、思わず声で問い返していた。
クインポートを出てから起きた最初のモメ事に関しては、完全にこちら側の落ち度だ。馬を換えるために止まった駅で、手洗いに行きたいと言うティアを単独で行動させてしまった。ずいぶん時間がかかるとは思ったが、うら若い女性の様子を便所まで確かめに行かせるのは、はばかられた。
複数の大声。そして
「すぐに御出立を。テンプルの聖女見習いが武装して暴れております。近くにアレフ様のお命を狙う司祭が潜んでいるかも知れません」
興奮した駅長が早口でまくしたてるのを聞いて、やっと事態を悟った。ティアは法服を見とがめられて駅の職員や乗降客に囲まれ、戻りたくても戻れなくなっていたのだ。
急いで迎えに行き、彼女は連れだと説明したが、人垣は解けない。ティアの傍らに立って肩を抱き、マントで包むようにして彼女に害意が無いことを見せて、やっと連れ戻すことが出来た。
ただ、一つどうしても解せない事がある。
「用足しに行くのに、なぜスタッフを持っていった?」
個室でも手を洗うときも、長物(ながもの)は邪魔でしかないはずだ。
「こういう時のタメよ。得物がないと不安でしょ?」
そのせいで、“こういう時”になったとは考えないらしい。
いや、武器を持っていなくても、テンプルの法服や鎧をまとう者が太守に近づけば騒ぎになって当然か。不死者を倒す為に訓練された者の証だ。法服に施された破魔の紋ですら、触れれば冷たい肌を焼く。
「“こういう時”を招かないための、替えのドレスは?」
「そんなもの無いわよ」
「…まさか。では、その布袋の中身は」
「んーと、下着2組と水筒、もしもの時のハーブと包帯。でもって火口箱にロープに、そうそうランタンがあったんだ。ホヤにヒビ入って、カサつぶれてるけど。そうだ、次に止まったときアブラ買いたいんだけど、いい?」
ずらりと並べて見せた袋の中身は、およそ女らしくない…まるで辺境の地へ向かう開拓民の様だった。身だしなみを整える物と言えるのは、クシと薄くなった石ケンのみ。
着替えが無いのなら仕方ない。次の駅からは、ちょっとした買出しや用足しにも、ドルクを付き添わせた。それでも、馬車を止めるたび、ティアの周りでモメ事は起きつづけた。バフルに近づけば近づくほど、彼女がまとう法服への反感は高まっていく。
小さな駅を住み込みで管理している一家から、古着を1枚買い取って与えようとしたが、ティアに拒否された。黒無地のロングドレスにエプロンという装いなら、身の安全を図れると思ったが…使用人めいた地味な衣装は、大きな町を差配していた代理人の娘のお気に召さなかったらしい。
それにしても、あと1日で北の都バフルに着くとはいえ、真夜中の街道はさすがに人通りが絶える。今止まっているのは駅ではない。およそモメ事など起こりえない……生き物といえば風にそよぐ草しか見当たらないグラスロードのただ中で騒ぎを起こせるとは。
これはもう、一種の才能かもしれない。
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