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「よろしいのですか」
このことで、主の絶対性や権威が傷つきはしないだろうか。
「今、どうしても欲しかった訳でもない」
薄く笑った唇が妙に意地悪そうに見えて、ドルクは不安な気分になった。
「ひと月待つくらいどうということもない、私にとっては」
「でも、あの二人はどうやら恋仲のようです……もう手放そうとはしないかも知れません。恋に溺れる者は恐いもの知らずです」
「気持ちだけではどうにもならない。あの娘は私のものになる」
当然のことのように言う主をドルクは微かに危惧していた。
仕え始めて百年以上たつが、主に欠けた部分があることに気づいていた。人の心の機微を理解しない、しようともしない。権力や運命に逆らい得る想いの力を、男女の絆の深さを多分知らない。
それは、仕方ないのかも知れない。主にとって人の心など術でいかようにでも出来るモノ。侮るのも仕方ない。実際、人が抵抗できる相手でもない。
まだ人であった頃の記憶が残るドルクは、微かな痛みが心の底にうずくのを感じた。容赦のない捕食者に対する畏怖と反感。それらを諦めで包み込み、闇に沈める。
主と領民の間に立ち、汚れ仕事を引き受けるのが従者としての役割。人の側ではなく、支配し食らう側に立ち、主を守る、それはドルクが選んだ道だった。
転化する前の……まだ温かい血をもっていた銀髪のおさなごが、不安そうにしがみついてきた時から、何があっても味方でいると約束した時から、ドルクは自らの居場所を主の傍らと定めていた。
昼は無力な主をまもるため、生身のまま年を取らない守護となった事も、不老に耐えられるよう人とも獣ともつかぬ身となった事も、全て望んで選び取った。
主が人の喉笛に食らいつく瞬間、至福の笑みを浮かべることは、彼らだけの秘密にしておかなくてはならない。
ドルクは沈黙の中で一礼し、部屋から下がると、主の決済を必要とする書類を取りに代理人の部屋に向かった。
慈悲深さの評判は高まるだろうが、あの娘が再びこの館に来るとは思えなかった。
だが、ドルクの予想は裏切られることになった。