ひと月後に村を訪れたとき、あの娘はすでに支度を整えて代理人の館で待っていた。
憔悴しこわばった顔の中で、悲壮な決意を宿した瞳だけが目立っていた。優しく微笑みかけて、部屋に来るよう命じる主にひざを曲げて感謝の言葉を述べた。
「この間は、せっかくのお召しを断り、とても失礼な振る舞いをしてしまいましたのに、寛大なるご慈悲を、ありがとうございます」
安堵し喜んでいるような口振りだった。
こけた頬に静かな笑みさえ浮かべて、娘は主の待つ二階の奥へ消えた。
今度は娘を助け出す勇者は現われなかった。不可解だった。
「あの、ラウルとかいう青年は?」
今頃、主に賞味されている娘の姿を頭から追い出して、ドルクは代理人に尋ねた。
「多分、酒場で飲んでいるでしょうな」
「恋が冷めたのですか……」
「二人の仲は以前より深くなりました。離したくはなかったでしょうが……どうしようもありません」
「カリーナの家は兄弟が多いが、働き手の父親が死んで借金も多い。病気の祖父もいる。ラウルはまだ徒弟で収入がありません。家族思いのいい子達だから、駆け落ちは出来なかったのでしょう。
結局お慈悲にすがって、“対価”で家族の窮状を救う以外の道はあの娘にはありません。
これで良かったのですよ。
痛みは感じないし、嫌な気分でもないとこの前の事で知っていたから、カリーナには迷いはありませんでしたよ。
ラウルは……可哀想でしたがね」
その時、おずおずとノッカーを掴む気配が、鋲つきの扉の向こうにあった。
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