真昼の夢の中では、数十年前の思い出も幾百年も昔の記憶も、等しく色と音を得て蘇る。数えきれない夜を繋ぐ追憶は、ほとんどが真紅で彩られていた。
温かい体から今の冷たく青ざめた体となる過程は、眠らされている間に終わっていた。
セントアイランド城の最深部にあった秘術の間。
金と珠で硬い床に象嵌された魔方陣から起き上がったときには、使われたはずの幾つかの薬剤も、奇跡の触媒たる賢者の石も、全て片付けられていた。それは秘密を守るためだという。
不死化の術の詳細を知るのは大魔法士ファラただ1人。
そして、視力を始めとした五感と精神感応力の飛躍的な増大と、手足の筋力の感覚の相違に対する驚きと共に、欲望はすでにあった。
「分かっていますよ」
優しく豊かな声が安心させるように響き、美しい手がアレフを別の部屋にいざなった。裸でいる羞恥心より、ファラがこれからくれるものに対する期待のほうが強かった。
白い小部屋に案内され、薄ものをまとっただけのほっそりした少女を見つけた時には、どうすればいいかもう分かっていた。
怯え震えている少女に笑みかけ、その目を捕えて術をかける。以前ならとても出来なかった行為へ、欲望が導いてくれた。
少女の心に偽りの恋情を生じさせた。他者の心をいじる事に嫌悪を覚えていたなど信じられないほど自然に。
昨日までは一番魅力を感じていた胸のふくらみや露わな足より、薄い皮膚をかすかに波打たせる首筋の脈動に魅かれた。抱き寄せて少女の温か味を確かめてから少し腰をかがめ、新しく生えた牙を初めて使った。
簡単に皮膚と血管を貫けた。
あふれ出した温かい液体を夢中で飲んだ。少女の口からあえぎ声がもれ、記憶が流れ込んできた。
幼い頃の親への思いや、友達の顔、初恋のときめきと苦い思い出、姉が陥っている苦境、悲壮な決意。短い人生が流れ落ちていった…彼女には家族を救うだけの財貨を得る方法がこれしかなかったのだ。涙を溜めた姉の顔がよく思い出せない。
そっとファラに肩を掴まれ、少女を離す様うながされた。少女の体からは力は失われ、意識も薄れ混濁していた。しぶしぶ口を離したとき、耳元でささやかれた。
「飲み尽くした時は気をつけて、同情から力が働いて贄を仲間にしてしまう事がありますから」
動揺や罪悪感はあった。しかし確かな快楽も覚えていた。
数日前、ああいう楽しみはもう最後だと言う父の手配で、宿に呼んだ遊び女の嬌声や柔らかな体から得た喜びより強烈だった。
泣いたのは、震えていたのは、少女の命が消えていく哀しみのためではなく、1人の人生を破壊してでも生き血をむさぼろうとする、己が恐ろしかったせいかも知れない。
快楽は悪を良いことだと錯覚させる。そんなに悪いことはしていないと言い訳をさせる。
楽しかったから…だって、仕方のない事だし…。そう、心が自己弁護を始める。
身なりを整えながら、すでに父から聞いていたこれからの生活の注意点を聴いていたとき、疑問が沸いてきた。しかし尋ねることは出来なかった。
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