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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
性別:
女性
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女の悲鳴。
「またか」
テオは石畳の坂道をそれ、路地に入った。この辺りは庭の広い家が多い。体をたわめ、バラの生垣を軽々と跳び越えた。

庭に運び出した陶器や彫刻の前でウンチク垂れながら値踏みしてる見習い司祭をぶん殴った。引き出しを開けて服を散らかし、ネックレスをポケットにねじ込んでる水夫は蹴飛ばした。

「これはモル司祭の指示なんだぞ。アレフは卑怯で臆病だから、こうでもしないと、出てこないって」
言い訳にもならないへリクツをこねて、寝台で女を押さえつけてたバカ者を締め上げて、廊下に放り出した。

身を起こしたのは、少し年上の黒髪の美人だった。はだけた胸元から目をそらして、シーツをかける。
「もう大丈夫だから」

悲鳴が上がる前に背を向けた。
「あり…がとう。助けてくれて」
驚いて振り返った。

他の人みたいに、おびえたり化け物とののしったりしないのか?

細い手が、何かを探すように揺れていた。顔はこっちを向いているのに、視線は違う場所に向いている。
「目が?」
うなづいた女に顔を寄せた。頬や額を、温かな手が探る。

「若いのね。それに、いい男。恋人、いるんでしょう」
不意に涙がこぼれた。気がついたら、つっかえながら今までの事を話していた。

こんな体になってでも、助け出したい好きな人がいる。
だけど、その人も怖がるんじゃないか心配だ。

「待ってて、お礼がしたいの」
着替えた女の人が連れてきたのは、いつも家事を手伝ってくれてる隣の婆さんだった。

昔、お針子してたって婆さんは、紐で腕の長さと太さを測って、シーツを切って、腕をすっぽりおおうシャツを作ってくれた。肩と袖がひとつながりになった、楽なシャツ。あいつらが散らかした部屋を片付け終わった頃、2人がかりで縫いあげたシャツも出来あがってた。

「大丈夫。声がこんなに優しいもの。どんなに姿は変わっても、真心はきっと伝わる」
縫い目のあらいシャツ以上に気持ちが嬉しかった。勇気をもらった気がした。色々、疑問はあったけど、もう少しモル司祭についていこうと決めた。


そして今、馬車に乗って、アレフが待つ山城に向かっている。
腕がカユい。掻くと、たっぷりしたリンネルのソデ口から黒いウロコが1枚こぼれ落ちた。
「火の呪法に対抗して合成した火竜ですが、含まれた毒素をテオの体が拒んでいるようです。今度は別のを試しましょう」
振動する床から黒いカケラを拾い上げ、モル司祭が笑う。

「普段は人の姿で、戦うときだけ変わるってわけには」
「とっさの時に困りますし、元に戻った時に弱くなる。それに、テオの体にあまり負担をかけたくありません」
信じていいのだろうか。頼りないラットルなんかに、クインポートの街を預けた、この男を。

「見えてきましたよ」
モル司祭が、馬車の行く手を指差す。厚くなった背中を苦労してひねり、3倍に膨れ上がった肩を座席に押し付けて、顔を車窓にそわせた。いくつも重なった山の中腹、紫色にかすむ四角くて細い城館が、目のスミに映った。

「あそこに、アレフがいる?」
「逃げ回っていなければ、ね。でも、呼び出す手段ならいくらでもありますよ」
モル司祭は、時々、不安になる笑い方をする。


ふもとの村に、人は少なかった。残っていたのは老人ばかり。若い者はみな逃がしたと、赤いスカーフの村長が笑った。
「そちらの酒場はやっとりますよ。酒も食い物も全て支払い済み。好きなだけ飲み食いするがいい。二階の宿も貸切りだ。だが他の家には何にもない。チーズひとかけ、パンひときれも残しちゃおらん」

モル司祭は肩をすくめると、部屋に引きこもってしまった。ワインとチーズとパンを盆に載せていくと、変なにおいが廊下までもれ出してて、呪文が聞こえた。こんな時は邪魔しちゃいけない。扉の横に盆を置いて酒場に戻った。

テオは軽い酒を頼んだ。
店主が樽から泡立つ酒を陶器のカップに注ぎ、無言でカウンターに置く。目は伏せられたままだ。
静かに飲んでいるオーエンや、騒いでいるルシウスの他に客らしい客は…スミにショボくれた老人が一人いるだけだ。

村人はオレ達とかかわりあうのを恐れている。だからといって、領主に加担して毒をもる気はなさそうだ。アレフは畏れられてはいても人望はないってことか。

「城主は、無慈悲なヤツなのか?」
酸味のあるまろやかな白い酒を一口飲んでから聞いてみた。
「逆らった村人を殺すのか?」
答えてはくれないと思いながら、問いを重ねた。
「いいや」
予想した答えが返ってきた。

でも、この村を、そして大陸一つを支配している強大な吸血鬼の領主と、静かで細いあいつが重ならない。
「本当にアレフは血を吸うのか?」
口にしてからマヌケな質問だと笑えた。
「娘をさらったり…人を襲ったりするのか?」
亭主は奇妙なものを見るように、こっちを見ていた。盛り上がった肩や毛深い手ではなく、顔を見つめられたのは久しぶりだ。
「さあな」
答えは短かくあいまい。でも否定だと感じた。
もし本当にあいつがアレフなら。

「ヤツは代理人の血に飽きたら村人を館に呼ぶ!」
悪意がしたたるような老人の声だった。
「わしの姉はあいつの餌食にされた。弱って…2年後に、18で死んだ。お前の仲間だって、あんな目にあわされたじゃないか。
生け捕りにされて、3人とも血を吸われて。生きているのが不思議なほど青ざめて、歩くことも出来ないほど弱って。無事に帰りつけたのか? あの司祭や騎士より、お前たちは強いのか?」

前にもテンプルはアレフの討伐を試みたのか。
「でも…殺されはしなかったんですね」
「殺されたも同じじゃ。あいつの口づけを待ち続ける人形。姉と同じだ。どうせ何年と生きられまい」
「信じられない」

老人がつめよった。息が酒臭い。
「何がじゃ」
「あんなに、華奢な…」
「お前……見た事があるのか?」
「銀の髪で灰色の、夢でも見てるみたいな目をした、細くて若い男…?」
「若くはない!わしの5倍以上生きとる化物だ。村の若い者から命を吸い取って若く見せかけとるだけじゃ!」

モル司祭の言ったことは本当だった。
しかし、何かが納得できない。何が釈然としないのか分からないまま、夜明け前に村を出て、城に向かった。

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