「これは、何の冗談かなぁ?」
ぴらぴらしたボリュームたっぷりのドロワーズも、胴ヨロイ代わりのコルセットも、肩と腰まわりがフクれたドレスも、指だし手袋も、ブーツも…
「どうして、真っ白なのよ!」
「よく似合ってるよ、ティアちゃん」
透きとおったヴェールつきのティアラを片手に、ニヤついているヘパスとかいう世捨て人…じゃないや、世捨て吸血鬼をにらみつけた。
「なに、無粋な法服より燃えにくいし破れにくい。斬撃に強いし、重ねたレースが打撃も防ぐ。夜の女王様に献上するつもりだった戦装束《いくさしょうぞく》を仕立て直したモノだが、染める時間がなくてね」
純白は死人がまとう屍衣の色。さもなきゃ結婚式の花嫁衣装だ。人里はなれた一軒家で、おっさんが夜なべして白無垢をぬってる姿を想像すると、かなりキショい。こいつがファラに嫌われた理由、人がたくさん死ぬ呪法が好きってだけじゃない気する。
そりゃあ、ドルクがまとうような漆黒のプレートメイルなんか着込んだら、あたしの身軽さは生かせない。テンプルで苦労して身につけた体術も使えなくなっちゃうけど。
「このティアラは生身の娘さん用に新調したからね。守りの要となる、物理障壁の呪式を封じ込めた水晶に、耐火呪と耐冷呪を封じた青玉と紅玉」
載せられたティアラが頭になじむ。込められた力そのものは信用できるみたいだ。
「使い魔を先行させ…」
不自然に止まった言葉。虹を帯びた夜明け色の裏打ちに変ったマントと、半透明の刃つき手甲をつけたアレフが後じさりしてた。
「入り口でたじろぐな!頬を染めンな!花ムコじゃあるまいし」
おっと頬がバラ色なのは、どっかで血を吸ってきたからか。ううん、そういう細かい事はどうでも良くて。
「とても奇麗ですよ。小麦色の肌に白は似合っ」
「気持ちわるい!」
こいつの女への気遣いって、なんかワザとらしい。仕込んだのが母親かファラかは知らないけど。シッポの先まで完ぺきにシツケられた犬を見てるみたいで、イライラする。
「その、明りがついていたのは城館の最上階のみ。結界を作りかえられたようで、テラスへの転移は無理。ワナや異界からの召喚獣が配置されていると思うが」
「正面から行くしかないんでしょ。いいじゃない。じぶんちなんだから堂々と帰れば」
「忍び込むには、少し目立つ格好でございますしね」
獣を象ったカブトの奥で含み笑いしてても、ドルクには腹が立たない。これって人徳ってヤツかな。
とりあえず、外で軽くスタッフを振って型を試してみる。スネまでのスカートは法服より軽くて頼りないけど、足には絡まない。腕の動きも邪魔しない。レース重ねた立ちエリは色気より守り優先。これが戦装束ってのは本当みたい。なによりムレないのが気に入った。
転移の呪の方陣に入った時、見送りに出てきたヘパスがつぶやいた。
「アレフの内に居る非業の死を遂げた…と、死地に向かう乙女への、せめてもの手向けさ」
お生憎様。あたしは生きて帰るからね。オヤジの仇を討って、無事に帰ってみせる。
笑って見返してやった。
丸い結界の向こうを虚ろな無色が包んだ。
頭上に星と月に輝く雲が戻ったとき、目の前に四角い闇が口をあけていた。漂ってくるのはムッとする血の臭いと瘴気。
いく度も夢見た状況。
といっても真昼に、横で強ばった顔してるヒョロくて黒い魔物の胸に杭ぶっ刺しに行く場面だけど。
まさか真夜中に、こいつと乗り込む事になるとは想像もしなかった。
「単独での召喚なら還す事も出来ましたが…」
のっそりと出てきたのは、片羽の獅子?
「微生物の感染ならまだしも、異なる生物を混ぜられては」
後ろ足にヒヅメあって尾がムカデって。意味あるのか。特に折れ曲がった羽。
「すっごく機嫌が悪そうなんだけど」
「口臭がおかしい。融合した内臓がまともに機能していないようです。痛みを感じないよう、脳の分泌器官に異様な血流が」
「良くわかんないけど、吐きそうなのにイイ気分になってる、タチの悪い酔っ払いみたいなモン?」
深刻ぶってうなづくアレフはほっといて、ドルクに目配せする。
ざわりと身震いしたドルクの気配が変わる。獣化。ヨロイに包まれてて分かんないけど。
「参ります!」
漆黒の刀身を抜き放ち、片羽の獅子に切りかかる。あたしもスタッフを構えて突っ込む。
振り下ろされる前足を、肉球ごとドルクが断ち割る。咬み返そうと開いた口に、スタッフを突き入れた。首を振って後ろ足で立ち上がった胸に、黒い切っ先が突き刺さる。よし、1匹たおした。
「まだです!」
無事な方の前足が頭上に落ちてきてた。ギリギリでガラスめいた4つの刃が突き刺さった。避けて振り返ると、支えきれなかったのかアレフがヒザをつく。
「ピュラリス、お願い」
炎が舞ってタテガミが燃え出した。ドルクが剣をヒネりながら抜くと、真っ黒な血があふれ出して、片羽の獅子は動かなくなった。
「ありがと。助かった」
顔が引きつってるクセに、大丈夫なフリして鷹揚に頷いてるのがおかしい。憎まれ口を叩きたくなる。
「すっごい進歩よね。一緒に“なりそこない”と戦った時は、役立たずだったのに」
ドルクは先に行って、石の床を確かめてた。
なんか悔やみの言葉を呟いてる。
渡されてた水晶玉を介してケアーに触れる。あたしの眼には暗がりにしか見えない。ドルクやアレフの視覚を借りて、視てみた。
白い塩の輪と、赤黒い複雑な…魔方陣。砕けた骨と肉片。変色した皮膚がはり付いてる。引き裂かれた血染めの布ヨロイ。
ここを守ってた衛士の亡骸か。
「心残りだろうけど、埋葬するのは後。今は前に進まなきゃ」
奥から別の気配が近づいてくる。この臭いはケモノと…カエルかな?まったく節操無く合成したもんね。生きて動いてるのが奇跡だわ。
「彼らが外へ出ないよう、ここに結界を張っておきます」
獅子の血で2本の線を引き、小石を配して、アレフが呪を唱える。
「あの獅子は、あたしたちが近づくまで出てこなかったよ。そういう風になってるんじゃない?」
「召喚者であるモルが死んでも、統制が利いているなら良いのですが…それに、後始末をするような親切心、彼が持ち合わせているとは思えません」
確かに。
「次きたよ。カメの甲羅を持つ牙ネコ。でも動きは鈍いし、首引っ込められないから、楽勝かな」
「油断は禁物です」
そりゃ体重はありそうだけど…って、このカメ、火を吹きやがった。どんな体の構造してんだ。てめえの口も火傷してるし。
耐火呪を仕込んでくれたヘパスにちょっとだけ感謝しながら、炎を突っ切りスタッフで頭をぶん殴る。下に突き出した牙が敷石のスキマにはまり込んだ。機会を逃さず、うなじにドルクが剣を叩き込み、強引に引き切る。血と火を断面から吹きながら、頭を失ったカメが結界に突撃し…弾かれて、ひっくり返った。
「へぇ、けっこう丈夫じゃない」
「…物理障壁も合わせておいて正解でした」
爪先立ちで壁にへばりついてる情けない姿については…もう、いいや。
その後も、ヘビを全身に生やした大ザルをぶちのめし、分かれ道でウジの体を持つデカいネズミを叩き潰し、階段にはびこる、酸の実をゾウの鼻っぽいツルで器用にぶつけてくる食虫花を焼き払った。
チョウの羽をウロコの様に背中にいっぱい生やしたドラゴンは、前足を切られて逃げてった。咳が止まらない。毒チョウだったのかな。風精《フレオン》に鱗粉を吹き清めさせて、進んだ。
むしろ歩みを止めさせるのは、焦げたオオカミや溶けかけたコウモリ。実体を持つ生きてた使い魔と、城仕えの使用人の、遺体。両断されて変身が半分解けないまま逝った獣人。頭を食いちぎられたエプロンドレスのオバさん。
「全て終わったら、人を呼んでちゃんと弔おう。だから今は」
決まり文句の様に繰り返して、先に進む。
皮がヨロイみたいに分厚い、馬っぽい首の牡牛を追い払い、壁を腐食させながら広がるでっかい粘菌は適当にやり過ごし、ヒレの代わりにタコの足をひらめかせる太いウナギは、風と火で乾かしてやった。
城の上部は…意外と質素。飾りが何もなくてツマんない。地下道を進んでいるのとあんまり変わらない。
ケアーから送られてくる見取り図で、迷うこと無く北に位置する舞踏室にたどり着いた。
この城に入って始めて見る、華やいだ彫刻が施された扉。開けた瞬間、後ろに強い力で引っ張られた。水が上から落ちてきた。丸い物理障壁に沿って流れ落ちて床をぬらす。異臭はない。
「ただの水?」
「聖水です。たちの悪いイタズラだ」
見上げると、ひっくり返ったツボが揺れてた。
拍手がした。
扉の向こう、窓際に数人分の影。中央は灰色の法服を着たモル。やっと再会できた。さっき逃げた毒チョウのドラゴンや、牡牛をはじめとする幾体かの怪物をななめ後ろにに従えてる。横には黒い布ヨロイの拳士と銀の戦士2人。で、大ザルっぽい剣士は何?人間と合成した怪物かな。
「ティア、魔物から、アレフから離れてこっちへ来るんだ!そいつが欲しいのは生き血だけだ。ささやくのは偽りの愛だ。そ、そんな花嫁衣裳なんかに、だまされるな」
あれ、この暑苦しい声と顔…
「テオ?こんなところで何してンの?」
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