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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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久史都子
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名ばかりの町長は、赤レンガの商館を見上げた。
締め切られたよろい戸。扉に打ち付けられた板。
ここの2階にある舶来品まみれの集会所で、町の全権掌握を承認されてから2度目の夏が過ぎようとしている。

精密な世界地図と航路を織り表したジュウタン。頭上に輝くシャンデリア、そして木彫りの飾り柱。すべて運び出されているだろう。
クインポートでもっとも華やかで豊かだった港付近の商業区は今、昼下がりの農村よりも静かで寂しい。

入港する船の数が減っていくにつれて、商店や倉庫から、商品と人と富が去っていった。
キングポートに引き上げた豪商。北のバフルに拠点を移した商会。大きな建物から空き家となり、残ったのは商いの規模と資力で劣る地元出身の商人のみ。

あの魔物の指図に違いない。暑くても決して外せぬノドもとのボタン。うっすら白く残る2つの噛み痕。鏡の中で見るたびに屈辱がこみ上げる。
血を吸っても配下に出来なかった腹いせに、クインポートの町そのものを潰そうとしているに違いない。迂遠で小心な卑怯者め。

悔しいが、ヤツの企みは成就しつつある。
頑固で旧態然とした代理人を憎み、人の利益を擁護する“町長”を求めた支援者は皆いなくなった。今もクインポートの首長でいられるのは、謀反や裏切りの罪を問われた時、責めを一身に受ける生贄が必要だからだ。

「お珍しい。港の視察ですか?」
声をかけてくる男に曖昧にうなづいた。内心で疎み軽んじている者にまともに答えるなどバカバカしい。それに、宿舎兼事務所から数日ぶりに出て、桟橋に向かっている理由は、他人に説明するのがむずかしい。

夜明けに夢を見た。
見知らぬ屋敷のテラスで茶を飲んでいた。鳥の声を聞きながら花を眺めていた。満たされて幸福だった。なぜか夢だとわかっていた。

向かい側の席に誰かいた。お茶会に招いてくれたご夫人だと感じた。生けられた花と逆光に邪魔されて、美人かどうかはわからない。
「いい、お庭ですね」 
大輪のバラが咲き乱れ、小さな噴水が木漏れ日にきらめいていた。

「気に入っていただけましたか」
落ち着いた婦人の声に聞き覚えはない。
「苦労しました。なかなか招待に応じてくれなくて」
「忙しかったんです」
「ええ、大変なお仕事ですから」
実感のこもった声音に心が安らいだ。

「お伝えせねばなりません。直前となってしまいましたが、今日の午後、テンプルの船がつきます。モル司祭の銀の聖船が」

心が高鳴った。支援者たちを糾合し組織し“町長”という役職を作り出してくれた恩人。教会にパンと銀貨を配ると告知させて、広場に集めた窮民を、演説であおり、代理人の館を襲撃したモル司祭。やっと本当の夜明けが来る。

「バフル港で拒まれ、期待していた水と食料を得られなかったせいか、かなり殺気立っていると思われます。水夫の死体が吊り下がっていました。反乱を起こした者への見せしめでしょう」

血なまぐさい話題は、光と安らぎの席にふさわしくない。耳をふさごう。早く目を覚まそう。
「聞きなさい。代理人制度を拒否して自治を望み、わたくしの使者を追い返し、教会を通じた手紙までも破った。その是非を、今は問いません。強い決意と実行力には感嘆したいほど」

やかましい女だ。会ったことは無いが、バフルの女代理人は、こんな感じかも知れない。
「でも、あなたの意地にクインポートの住人まで巻き込まないで。せめて女子供だけでも避難させなさい。周辺の村と町には受け入れの通達を…」
茶を飲み干し、席を立った瞬間、目が覚めた。

寝台から下りても、ヒゲをあたっても、薄れることなく鮮やかに残る夢の記憶。やってもやらなくても影響の少ない仕事を午前中に切り上げ、食後の散歩だと自分自身に言い訳して…今、突堤から海を見渡している。

停泊している帆船はない。朝の水揚げも終わり、無人の漁船だけがゆれる波止場は、静かだ。むこうに釣り人が1人いるだけ。

水平線に目を向けたとき、尖ったものに気付いた。かすんでいるが帆柱の先端。順に現れた横帆は3枚、いや重なり合って判然としない。4枚かも知れない。上部の帆にはテンプルの聖紋。ずんぐりとした船体は、黒くて幅が広い。
「本当に、船が」
つばを飲み込んだ。

港を守護する風精の助力を得たのか、黒い船は真っ直ぐ近づいてくる。出迎える準備のため、波止場前の事務所に飛び込んだ。居眠りしていた白髪の留守番に、港湾員の手配を頼む。

突堤の灯台守が鳴らす鐘に気付いて、野次馬が集まりだす。夢の不吉な後半が一瞬よぎった。目を凝らしても、吊り下がった死体は見えないが、物売りやおもらいを近づけない方がいいのだろうか。

迷ううちに、イカリは投じられ、黒い壁の様な船体がゆるりと向きを変える。喫水から上の部分だけでも三階層はありそうだ。網ばしごに大勢の水夫が取り付いて登り、天を突く4本のマストを飾る横帆がたたまれ、船尾に縦帆が広がる。

水夫の動きに乱れがある。もれ聞こえる言葉づかいは乱暴だ。だがこれは商船ではなく、テンプルの戦船《いくさぶね》。少しばかり横柄で荒っぽいのは仕方ない。でなければ、この地を支配する魔物を倒して光をもたらすことなど出来はしない。

納得できる理由を必死で考えているうちに、黒い船尾は岸に迫ってきた。速すぎる。それに無様だ。野暮ったく下手くそな操船ぶりに、幾つか野次が飛ぶ。

停泊していた漁船が一つ潰れ沈んだ時、悲鳴と罵声が上がった。銀船は桟橋の先を壊しながら止まった。縄が投げ落とされてきた。おっかなびっくり近づいた港湾員の手で、無事な杭に回し結ばれる。

縄梯子を下りてきたのは武装した戦士や剣士。そして曲刀を手にした水夫。剣呑な雰囲気だが、彼らが作った輪の中心に、灰色の法服を着た者達が降りてくるのを見て、胸をなでおろした。

彼らは無法な海賊ではない。テンプルの理想を実現し、司祭の意思に従って闇を払う光の使徒のはず。

野次馬をかきわけ、遠巻きにしている港湾員をねぎらい、歓迎の口上を述べた。
「お久しぶりです、モル司祭さま。闇の中に打ち込まれた光のクサビ。私に託していただいたクインポートを、闇の者共から守りぬいてまいりました。この日を何度、夢見たことか」

一瞬、今朝方の夢が頭をよぎった。
「アレフは港を取り返さなかったんですか。思った以上に無能な領主、いや、俗世間に関心がなかっただけかな。ところで」
麦色の髪の下で、明るい茶色の眼がしばたく。
「あなた、誰でしたっけ?」

言葉が出なかった。
「まぁ、誰でもかまいません。クインポートは接収します。人も物も建物も、すべて私の片腕たるラットル司祭の指示のもとへ。今度は、投げ出さないでくださいよ」
「も、もちろんです」
モルに応えたのは、広場の火刑台で我々を見捨てて逃げた前歯が目立つ司祭。

「ラットル司祭の指示に従えと? それに接収とは」
「商売の禁止、逃亡の禁止、あらゆるものの持ち出し禁止。もっとも、高楼に黄色い吹流しがないって事は、富と物資の大半は、すでに持ち出された後かな。まぁ、貧乏人の戸棚に隠したパンまでかき集めれば、ふた月ぐらいは篭城できるでしょう」

今、目の前にいるのは本当に英雄と呼ばれている司祭なのか。顔はそっくりだが、海賊が化けているのではないか。あり得ぬ考えが浮かび、消える。
「お待ちください。この街は既に闇の支配から解放された昼の街。力づくで奪わなくても」

「だからですよ。殺され奪われるのに慣れていた家畜や奴隷じゃなくなったから、武器と流血、見せしめと恐怖がいるんじゃないですか。それでは手はずどおりに」

「騎士オーエンは北門を制圧し閉鎖。拳士ルシウスは南門を制圧し封鎖。私らは街の制圧を開始します」
数人の水夫を連れた銀鎧の剣士と、黒い刺し子の布鎧の拳士が、野次馬を突き飛ばすように、早足で港を出て行った。

同じように街へ向かおうとするラットルの前に、手を広げ立ちふさがる。
「待ってくれ、食料が必要なら、私が責任をもって必要な分を集める。だから、この街で乱暴な事はしないでくれ」
「邪魔です」
肩をついてくる手にすがった。
「離しなさい」
離せるか。

「邪魔をするな。呪われし闇の眷属がっ」
頭に痛みが走った。めまいがした。青空に掲げられたスタッフに赤いものがついている。頭から生暖かいものが顔にしたたり落ちてくる。
「離せっ」
続けてラットルに殴られた。一瞬気が遠くなった。

気がつくと桟橋のザラついた板に頬がついていた。野次馬たちが悲鳴を上げて逃げ始めるのを感じる。
「やめとくれ、商い物も金も全部やるから」
あの声は果物売りのばあさんだろうか。振り売りの小金まで根こそぎ奪うつもりなのか。

「私は丘の中腹の屋敷で休んでいます。今日の仕事が終わったら、報告を頼みますよ」
遠ざかる足音はモル司祭か。

「お前が生きてると困るんだよ。前の時の話をされると色々と都合が悪いんでね」
食いしばった歯の間から押し出すようなささやき声。ラットルの失態は多すぎて、どれのことを言っているのか判然としない。

「逝っちまえ、クソ町長」
目を開けると、高々とスタッフが掲げられていた。青空に、金色の先端とこびりついた血が映える。裏切り者の手にかかって死ぬのかと思ったとき、上から大男が降ってきた。

きしむ桟橋。驚いて振り返ったラットルの手からスタッフをもぎ取った腕は異様に長く太かった。
「もういいだろう」
太い眉の下のこげ茶色の目は優しげで、厚い唇は愛嬌がある。女たちが騒ぎそうな、よく日に焼けた鎖帷子の戦士。

「モル司祭のお気に入りだからって、いい気になるなよ、化け物め」
憎々しげに吼えるラットルにスタッフを返した目は、哀しげだった。
「あいつらが町の人に乱暴してたら、オレが頑張って止めるから、しばらくここで休んでてくれ」
頭をそっとなでる腕は毛深く、見間違いでなければ手の甲に黒光りするウロコが見えた。

一体、こいつらは何なんだ。
腕と足が奇怪なくらい太くたくましい剣士を、その背負った大剣を見ながら、町長はゆるゆると身を起こした。

岸壁で、モルとクインポートの教会の副教長が話している。ぼやける視界に映ったのは紅い封蝋の手紙。中身も見ずに破ったバフルからの封書。もう1通あったのか。

読み終えたモルが哄笑した。
「いいだろう、“我が友”のご招待に応じようではないか」
何が書いてあったのだろう。
いや、そんな事は、どうでもいい。

街から物の壊れる音と、悲鳴と赤子の泣き声が響く。そちらの方が重大だ。這ってでも止めにいかなくては。
あれこそが多分、私の仕事だ。

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