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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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頭上に掲げた大剣が重い。午後の陽で篭手が熱くなりかけている。潮風が髪をなでる。したたる汗で変に冷たい。

「怖気づいたんじゃねぇの。英雄テオさんよぉ」
「遊んでないで、そろそろ片付けろよ、オーエン」
周りではやしてる水夫や拳士は無視だ。

目の前の相手に集中する。面防からこぼれる黒髪。銀の鎧は薄いらしく動きが軽い。ひらめく白い布が肩の動きをみえにくくする。

オレより背が低い聖騎士の得物は、長短2本の棒きれ。鉄芯を入れた模擬刀。こっちは真剣だってのに、バカにしている。オレは夜にヴァンパイアとやりあったんだ。木切れなんか粉砕して、ノド元に切っ先をつきつけてやる。

ちょろいさ…と思ったのは最初だけ。

振り下ろすと横によけられて、脇腹に一撃くらう。横になぐと下をくぐってきてヒジを突かれる。足元をねらったら、刀身を踏まれて、つんのめった額をこずかれた。

だったら不意打ちだ。気を張って時を待つ。
足元の傾きが変わる。銀船が波に乗り上げ越える。
今だ。
飛び込みながら刀身を下げ、足元からすくうように切り上げた。だけど向こうも突っ込んできた。胸元に飛び込まれて、体当たりされた。避けきれずぶつかって勢いが止まる。ノドとミゾオチを突かれた。

昼に食った固焼きパンを吐いた。息もよく吸い込めない。苦いゲロと涙にまみれて甲板で身体を折った。
「これが銀の剣だったら、お前、終わりだな」
面防を上げた浅黒い顔は、見下して哀れんでた。勝ち誇られるより悔しい。

「仕事、増やしやがって」
水夫に海水をぶっかけられた。目に染みて痛い。デッキブラシでつつかれて、嘲笑の輪からよろめき出た。

船は狭いから大剣は不利なんだ。お前ら見物人や垂れてる綱なんかを斬らないよう気ぃ使って遅れをとったんだ。足場がななめだったから…揺れるから。

言い訳は痛むノドにつっかえて咳に変わった。
敗北の一因となった愛刀の刃こぼれを調べ、ボロで汚れをぬぐい油を染ませたなめし皮で拭き上げる。

「やはりテオさんは英雄だ。そんな重い武器でオーエンとあそこまで渡り合えるなんて。水夫にバカにされたからって、気に病むことはありません。連中は何も分かってないのですから」
優しい慰めの言葉。モル司祭が痛むのどに手を当てて、治癒呪を唱えてくれた。けど、息が楽になっても、敗北の痛みまでは取れない。

「オレが弱い、だけだ」
認めなきゃいけない。
「オレひとりじゃ、ヴァンパイアは倒せない。ティア聖女と…あいつがいたから」

「当たり前です。あんな化け物、マトモな手段では倒せません。歳を取ることをやめてしまったあれは、原生動物に退化した群体。いや、下等生物にすら劣る。正々堂々と対決する価値もありません」

麦色の髪の下から、モルが笑う
「極限まで強さと軽さを追求した武具。ムダのない動き。人外の化け物を倒す技を体に叩き込んだオーエンでも、実戦では足止めが精一杯。そのオーエンと、あなたは対人間用の重い剣で戦えた。素晴らしい素質です。あと少し力があれば…アレフを倒して、ティアを救い出せる」

あと少しの力。
「どんな鍛錬を積んだらいいんだ?」
今だって、目一杯やってる。毎晩、疲れ果ててハンモックに倒れこみ、夢も見ずに眠っちまうほどに。
「ですから、マトモでない手段を使うんです」

モルがフトコロから取り出したのは皮袋。
「これは大いなる力を秘めた貴重な触媒。命そのものを変容させる賢者の石。これさえあれば不可能などありません」
中には大きな紅い宝石が入っていた。

「森の吸血鬼は元司祭。戦士でも拳士でもない。多少、腕に覚えのある取り巻きはいても、ほとんどは戦う術を知らない普通の村人。それでも大変だったでしょう?」
その通りだ。自警団が倒したのは、吸血鬼になりたての子供や女性、おっさんばかり。そんな相手でも手こずった。

「テオさんの話を聞くかぎり、アレフは攻撃呪の心得がある。格闘術のマネゴトも出来る…まったく余計なことをしてくれる、あの小娘」
最後の方が早口で聞き取れない。
「厄介な敵ですが、力を合わせ知恵をしぼり、うまく出し抜けばあなたは勝てる」

船がきしむ。船べりの黒ずんだ銀をこえて波しぶきがかかる。
「アレフの従者に獣人がいたでしょう。斧と弓をたしなむ」
ダーモッドか。
「アレフの父親がつけたそうです。息子が暴虐に走った時、いさめる者として。せめて力だけでも凌駕する獣人をね」

「まぁ、偉いヤツの子供なんて、たいてい甘やかされて育ったバカばっかりだしな。でも、あいつは」
「いえ大切なのは、獣人なら力で勝るという点ですよ。獣人の力で、その大剣を振りまわしたら?」

「オレに、オオカミ男になれって言うのか」
「いいえ、森をウロつく犬コロなんかより遥かに強いものに。幾種かの生き物の優れた力を取り込んだ、最強の剣士に。英雄にふさわしい、神話の様な姿になってみませんか」

獣人になる。人でなくなる。産毛がぞわぞわする。
…でも、それで勝てるなら。
「ティアさんを救えるなら、オレはどうなってもかまわない」ティアさんの前であいつに負けて、さっきみたいに這いつくばって、ゲロ吐くのだけは嫌だ「オレは、勝ちたい」

「では、おいでなさい。間に合うように今日から少しずつはじめましょう。急いでやると負担がかかりすぎて、体と心が壊れてしまいますからね」
「…壊れるって、痛いのか」

「関節の痛みなしに背は伸びないし、肉の痛みなしに腕は太くなりませんよ」
そうかも知れない。いつもの鍛錬だって痛みと引き換えに、力を強くしてるようなもんだ。

「でも安心してください。煙花から抽出した痛み止めがありますから。痛くも怖くもなくなる妙薬です」
そんないい薬があるんなら、がんばれるかも知れない。
「あなたがあなたで無くなってしまったら、何の意味もありませんからね」
笑顔で昇降口を下りていくモルを追って、暗い船底へ足を踏み入れた。

打ち付ける波。板のきしむ音。しめっぽくてカビ臭くて、物陰から何かがこちらを見つめているような気がして落ち着かない。闇の中に複雑な魔法陣が広がり、ランタンの光で、ぼうっと照らされていた。

「牙ネコ、大ザル、白熊、ドラゴン。さて、どれからいきましょうか」

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