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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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宿坊へ通じる扉の前で、準司祭はティモシー・リンドと名乗った。体も声も心もぼんやりと柔らかい。読心のために伸ばした力で少しずつ心身を縛りながら、アレフは意外さを覚えていた。

「水は中庭の井戸をご自由に。シーツと枕は廊下のくぼみに洗濯したのが…使ったら横のカゴに入れといてください。寄付されたキルトや毛布もあるけど、服のまま寝るなら今夜は要らないでしょう」

中年で準司祭というのは普通なのか、それとも出世が遅い方なのか。少なくとも今まで接したテンプルの者と比べて、たわいない。

「分かりやすいご説明、ありがとうございます。リンド先生の授業なら、子供たちは大喜びでございましょう」
ドルクの追従《ついしょう》で、荒事とは無縁の教育官だと、ようやく気付いた。

「生意気ざかりの子供らは、大喜びどころか大騒ぎですよ」
自嘲的な笑みに教え子への慈しみがにじむ。リンドと同じく、昔の教会の者たちにも脅威は覚えなかった。

剣呑な雰囲気を漂わせていたのは、教会から教会へ定期的に金袋や文書を運ぶ任についていた者たち。剣や棍棒を帯びた彼らに、テンプルの芽はあったのかも知れない。

そういえば、金の返済を滞らせた者に対して、彼らが武器を振りかざして取立てを行ない負傷した者がいたとの訴えが、時々あった。何度か教会に注意した事があったはず。

返済の期限か…
天候不良や家畜のはやり病。数年ごとに返済が滞るどころか、小麦の輸入のためにさらなる借財を重ねていた気がする。代わりに特権を与えたり、土地や建物を返済に充ててゴマかしたり。しまいには無いモノは返せぬと、かなり無茶を言った気がする。私以外の太守も期限を延ばしていたが。

テンプルによって我らが滅ぼされた理由。度重なる返済の滞りと踏み倒し同然の物納に業を煮やしての、過激な取立てだったのかも知れない。借財は東大陸を2つ買えるくらい膨らんでいたはず。金ごときで…とも思うが、納得できなくもない。

「生意気といえば…
若い頃、初めて教壇《きょうだん》に立った時に、やたら難しい質問ばかりしてくる生意気な子供がいたんですよ」
割り当てられた個室の扉をあけながら、少し得意げにリンドは笑った。大層な印を結んで呪を唱え、壁際のロウソクに火炎呪で火をつけてみせる。ドルクが賞賛の拍手を送った。

室内にあったのはワラを詰めた寝台2つと、小さな机。窓には内開きの鎧戸と鉄格子。ここはかつて、寮だった気がする。

「まだ10歳にもならないのに、教育官の誰もかなわないほど弁が立って…13歳になった日、推薦状を持たせてホーリーテンプルにやりました。次々と試験に受かって手柄を立てて、いまや回りからも英雄モルの再来と呼ばれるように」

「リンド先生はモル司祭の恩師でいらっしゃいましたか」
丸顔に愉快そうな笑みが浮かぶ。扉を後ろ手に閉めてドルクが立ちはだかり、外が堀なのを確認してから、私が開いていた窓を閉めても、特に不信を覚えてはいない。

「あの頃は眉毛がうすくて顔が変だって、少し気味悪がられていました。不自然に黒かった髪は、いま思うと染めてたんですなぁ。他の子にいじめられないようにという親心でしょう」
「こちらにご実家がございますので?」

「アルシャー家といえば、昔はたいそう羽振りが良かったんですが、混乱期に全てを無くしてしまいました」
丸い顔が、嫉妬と悪意と優越感に歪んだ。

「大きな声では言えませんが、人を商ってましてね。愛らしい孤児《みなしご》を引き取っては閉ざされた庭で年頃になるまで育てて、城へ納めるという何とも業の深い商売です。高値で買い上げられた無垢な若者や娘は、他の吸血鬼どもへの“しゃべる贈り物”にされていたとか」

それは法で禁じられていたはずと抗議しかけて口をつぐむ。心当たりがなくもない。それに、この地では木や草が手をかけずともはびこる様に、人は勝手に増えるものとワイドールは思っていた気がする。
草も木も人も、金と手間をかけねば増えない東大陸とは、考え方も常識も違う。

「口さがない者達が言うんですよ。モル・ヴォイド・アルシャーは遠い北の地から仕入れた商売モノに手をつけて生ませた子ではないかと。それが、今や英雄と讃えられるモル司祭というのは、ちょっと面白いでしょう」

それにしても、なぜこんな話をする。見てくれが円やかでも心のうちまで丸いとは限らぬのが人ではあるが。師の階級を追い越した教え子への嫉妬だろうか。

「20年前に一家離散したあとは、ここの寮に入って、勉学も武術も熱心に取り組んでました。十にも満たぬ子供なのに法術の腕など誰も敵わぬほど。
可愛げが無くてウソつきで。いや、ホラ吹きというか想像力が豊かというか。
自分は完全な夜明けをもたらす英雄となる選ばれた者だ。いずれは大司教になると公言してはばからず…曽祖母の祖先をたどればモル開祖に繋がっているというのは本当みたいですが」

心の深みにまで干渉したとき、脂肪に包まれた胸の奥に渦まく焦りに気付いた。歌をとぎれさせたら最後、ネコにひと呑みにされてしまう哀れな昔話の小鳥のように、言葉が止まれば全てが終わってしまうという脅迫観念。

心の表面ではバカバカしいと否定するよう仕向けても、心の奥では現状に気付いているか。やはり夜明け後の人間は術がかかりにくい。

だが、完全な操り人形にする必要もない。
自ら差し出したにせよ、強制的に噛まれたにせよ、この地では不死者に血を提供すれば身の破滅。必然的に共犯者になってくれる。

「しかし、300年も経てば1年の月の数ほど世代は重なるはず。祖先は4千人以上です。そのうち1人くらい開祖モルの親戚がいても不思議はない。ここは開祖モルの故郷なんだし。それに、ファラを倒した英雄モルの、故郷でも、あるんだ…から」

汗がにじむ顔をみつめて金縛りにする。
喉の感覚を奪い、今や教会に所属する者の証ともいえるネックガードを外しにかかった。

ダイアナが外すのを見て、ウェンズミートの金具職人の間で流行した知恵の輪と同じ要領だと分かってはいたが、指が焼けて滑るぶん手間がかかる。金属の輪が床を転がる涼やかな音を聞くまで、いく度か舌打ちするハメになった。

あらわになった首筋は、苦い汗の味がした。心に広がる絶望も暗く苦い。牙を突きたて、久しぶりの食事に歓喜しそうになる心を落ち着ける。ひと啜りして、治癒呪を施しながら口を離した。

「話しは面白かったが…親切をアダで返して申し訳ない。この通り井戸の水では喉をうるおせない身でね。だが、吸血鬼に噛まれたと教会に密告されたら、ここでは火刑だったかな」
動揺をあおり、支配の強化を試みる。
嫌々でも、言いなりにさえなってくれれば、十分。

「まだ飲み足りない。
…お前が遭った不運と理不尽を、他の誰かにも与えたくはないか?モル以外に、気に食わない者が身近にいるはずだ」
(その者の所まで導いてくれたら、お前からはもう飲まない。だが、案内できないのなら、飲み尽くす)
血の絆を介して心話を送り込み、既に我が眷属であると思い知らせる。

肉に埋もれかけた褐色の瞳が揺れ、やがて据わった。
「ウォルト・テレル教長を私と同じ目に。
あいつは卑怯者だ。シリルへ討伐に差し向けた者達から助けを求める速文を受け取ったのに見捨てた。責任を追及されて地位を失っても平気なだけの金を集めるために、密告を奨励し、火刑を始めた最低な野郎だ」

つばを飛ばして訴えたあと、丸い顔に底意地の悪い笑みが広がった。
「でも、私以上に毎日うまいモノを食ってます。血は甘いと思いますよ」

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