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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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アンディはそっとカギを差し込んだ。小さな音にも動きを止めて耳を澄ませる。最上階にのさばる客室は静まりかえっていた。通りの騒がしさがウソみたいだ。

息が浅くなる。胸の鼓動が聞こえそうだ。恐くないと言えばウソになる。でも初めての盗みと同じくらいワクワクする。

泊まり客に盗られたと気付かせない、キレイな仕事。チェストのソコの隠しから抜き盗るのは、銀貨数枚。宝石箱のスミで忘れられた安い指輪ひとつ。手引きしてくれる宿の下働きの娘に、迷惑かけたコトはない。

けど、今日カギを使うのは盗みのためじゃない。全ての客室に出入りできるオレにだけ出来るコト。本当に魔物なのか確かめて光にさらす。オレにだって正義を行なう勇気はある。

カギのかかった上等の部屋に隠れていれば安全だと思ったんだろうが、運が悪かったな。
アンディは声を出さずに笑った。
コソ泥が世界に夜明けをもたらす。誰にも名を知られない英雄。最高にかっこいいじゃないか。

窓が閉めきられた部屋は薄暗かった。目が慣れるまでうずくまる。床に探し物はなかった。元もと最初の部屋にあるとは思ってない。半開きになった扉の向こうを覗いてみる。狭い控えの間だった。

探しているのは人が入れるぐらい大きな箱。故郷で1度だけ見た黒光りする棺。恐い代理人のおっさんの目をかすめて忍び込んだ地下室にあった。細かい彫刻を指でなぞっていた時に見つかって、こってり叱られた。

あのとき中は空っぽだった。でも今は中にいるはずだ。棺ごと窓際に引っ張っていってフタを開け、真昼の光にさらしてやる。生血を啜られる犠牲者が2度とでないよう、灰にしてやる。

中庭を見下ろせる大きな寝室に通じる扉をそっと開ける。中は闇だった。鎧戸が閉められた窓。糸のような日の光が3本もれていた。

寝息もイビキも聞こえない。でも奥に気配を感じる。深呼吸して心を落ち着かせる。オレンジとライムの香りがした。思い切って扉を大きく明け放つ。広い部屋がぼんやりと浮かび上がった。

オリーブの木を織り込んだジュウタンと分厚そうなカーテン。森の木に浮かび上がるドリアド達がなまめかしいタペストリー。アネハヅル亭の精一杯の贅沢をかき集めた組み木の調度。

棺を探したがなかった。1番大きい家具は2つの寝台。その影かと思って部屋に足を踏み入れたとき、奥の寝台に白いものがあるのに気づいた。慣れてきた目が人の顔だと見分けた。

意外だった。あの地下室は真っ暗だった。少し年上の遊び仲間がろうそくを掲げていた。暗い中で、さらに光から逃れるように分厚い蓋をそなえた棺があった。ここでも完全に光をさえぎって眠っているもんだと思ってた。

寝台は窓際までひきずっていけない。大きすぎるし、床と天井にくっ付いている。

「シーツに包んで引っ張ればいいか」
じかに触れたいとは思わない。こいつは大昔の死人だ。肌は冷たくぬめって死臭もする。そう聞いたのは故郷でじゃない。魔物が支配する地から離れた後だった。

テンプルが魔物を倒し、餌食になる運命から人が開放された地で、魔物は諸悪の根源だった。皆がののしり、悪業や冷酷なふるまいを、目を輝かせて話していた。

支配者の悪口を表立って言えやしないから、故郷で大人は口をつぐんでいたんだろう。
子供の頃に言い聞かされていたウソが崩れる心地よさにアンディは酔った。

眠っている魔物を見下ろす。黒リボンでゆるく束ねられた色の薄い髪。やせて生気が無い白い顔。ドリーが病人だと言うはずだ。一応きれいなと言えるかな。オレの前で裸になってくれた女は別格として。

ため息をついた直後、見とれていたと気づいて焦った。仕事を、いや正義を行なわなければ。
首を振ったとき、閉じていた目がゆっくりと開くのを見た。息を飲んだ。

「…昼間なのに」
まっすぐ見上げる目に、気味の悪い光が宿っていた。赤い唇がつりあがる。人が普通に起き上がるように半身を起こすのを見守っていた。

カン違いしたんだ。こいつは昼間も寝床を離れられない、ひ弱な病人。部屋を間違えたと適当に言い訳して、ここを立ち去ろう。

そう思うのに足が動かない。言い訳も口に出来ない。まっすぐ見つめている灰色の目から逃れられない。なんでこうなったのか、空しくワケを考えていた。

「確かめに来たんでしょう?」
笑いを含んだ声。あざけりが混じった嫌な笑顔。何がそんなに愉快なんだろう。
「英雄、アンドリュウ・ランク?」

悲鳴を上げたいのに声が出ない。魔物は人の心を読んで操る。
「分かっていたのに何を怯えているんです? 私に近づけばどうなるか、昔話で聞いていただろうに。
…獲物の方から来てくれるとはありがたい」

助けてくれ。必死な叫びは心の中だけに終わった。
この部屋に入ることを知っているのはタリムと手引きしてくれたドリーだけ。助けには来ない。

突然後ろで扉が閉まった。部屋は闇に包まれた。
「これで邪魔も入らない。英雄になりたくて私を滅ぼす気だったアンディ。なら容赦する理由もないですね」
闇の中でも見据えられているのが分かる。舌舐めずりしているのが見えるようだった。

昔話や怪談で語られる、愚かで不運な犠牲者の最後。アンディとは関わりのない見知らぬ誰かの話だと思っていた。
これから魔物の食い物になるのはアンディ自身。不運を嘆いても物語は終わらない。

「ヒザをつきなさい。その方が飲みやすい」
言いなりになんかなりたくないのに体は勝手にヒザをつく。どうしてこんな事になったのか半泣きで考え続けていた。

「あなた意思でしょう。食われるために来たつもりは無いだろうが、無謀な英雄に退治される義理は私にはない。諦めなさい」
冷たい手が肩と頭を掴んで、むき出しにした牙の方へ引き寄せる。全力で逆らおうとしたがダメだった。

鋭い痛みに呻きが声がもれた。
飢えが満たされる強烈な喜びはアレフのものだ。体だけでなく心まで自分のものではなくなってくる恐怖は、すぐに快楽に押し流された。

己がなくなる喜び。大きなモノにすすり摂られ一体化してゆく不思議な安心感。今日までの記憶が現われて流れ去っていく。体が重い。力が抜ける。

1階で塩入オレンジを飲んでいるタリムを感じた。奇妙なほどくっきりした幻想。ふいに現実だと悟った。これはアンディの血をむさぼっているアレフが感じているもの。

山越えの間、贄の体に配慮して控えめにしか飲めなかった。その不満を思う存分満たせると食らいついた空き巣狙い。都合のいい獲物だと思ったのに、仲間がいたことに焦っている。タリムも呼び寄せて呪縛できないか考えている。もう操り人形としては役に立たないオレにイラ立っている。飲みすぎたと後悔しながらも、死ぬまであと少し余裕はあると口を離さず、味と温もりを楽しんでいる。

今すぐ逃げろとタリムに伝えたかった。タリムはオレの話を世迷言だと思いながら、不安であたりを見回している。
何かを見つけたのか立ち上がった。

闇に完全に飲まれる前、死を覚悟したのはアンディ自身。それだけは確かだった。

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