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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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北の空に浮かぶ動かない雲。それが雪をかぶった山だとアンディが知ったのはベスタに来て半年後だった。教えてくれたのは、横にいる丸顔のタリムだ。それまでは生きるのに必死で、空を見るヒマはなかった。

最近のベスタは騒がしいが景気は悪い。アンディたちが狙う商人たちの荷物や財布の中身もショボくなった。陸揚げされる荷がへって、暗い船倉からはいだしてくる子連れの貧乏人が増えた。

昔は俺も垢とノミまみれのガキだったのかな。
道端に座り込んだ母子の前に置かれた小鉢から目をそらす。赤い屋根の間から見上げる空を、カモメがよぎる。

親の事は少ししか覚えていない。6つの時に戻れなくなった故郷もだ。はっきり覚えているのは森の大陸をさすらっていた頃の空腹。金や食い物をうまく手に入れた時の興奮。殴ったヤツの顔と、かばってくれた娘の胸。

北へ北へと流れた果てが、石の都スフィーだった。古い教会が見下ろす重くて堅い街から逃れるように、貨物船の下働きになった。そしてマストの見張り台から、陽に輝く赤屋根と白壁の港町を見たとき、アンディはベスタを楽園だと思った。

「今日はアネハヅル亭だっけ?」
「ああ」
人懐っこいタリムの声で、楽園の幻が日常になる。今日の仕事場は、赤毛のドリーが働いている山の手の宿。

石段を2段飛ばしで登る。上で小太りのタリムを待ちながら、栗色の髪を手ぐしで整える。今朝食ったオレンジの皮でつけた匂いと艶。ドリーが喜ぶ上品ぶった言葉遣いをおさらいする。今から俺は、没落した名家の忘れ形見だ。

荷車よりも辻馬車がハバを効かせ、気取った連中が高そうな店に出入りしているオリーブ通り。黒い木枠と白いしっくいがひときわ鮮やかなアネハヅル亭に向かった。

ドリーから留守してる部屋の鍵を借りるため、裏の洗い場に向かおうとした。中庭に通じる正門から楽しそうな亭主と客の会話が聞こえてくる。シリル産香茶がやたら高いとか、間もなく森の大陸との定期便がなくなるってウワサ。下らない世間話だ。

身なりのいいヒゲの中年。護身用にしてはゴツい手斧は物騒だが、出かけるなら関係ない。けど、どっかで見たような…
「それではお気をつけて、ドルク様」
亭主の言葉にアンディの息がとまった。

そうだ、父さんの背中に隠れてみた顔だ。頭をなでられて怖くて泣いた。ヒゲおやじは城の使いだ。罰が怖かった。連れてかないでくれと頼んだ。父さんは困った顔をして背中をやさしく叩いてくれた。

でも、なんでこんな所に居る?
愛想よく手を振って人ごみに消える背中をじっと見つめた。
職を失ってここまで流れてきたなんてハズはない。テンプルの討伐隊が魔物のすむ城を攻めたら、呪われ操られた家来たちは、命と引き換えにしても主人を守ろうとするはずだ。

アネハヅル亭の横の路地を駆け抜けた。裏庭の井戸端でイモを洗っているドリーを見つけた。
「アンディ! 来てくれたのね」
ドリーが幸せそうな笑みを浮かべ、あかぎれた手をエプロンでぬぐう。

いつもなら言葉を尽くして雰囲気たっぷりにするキス。肩をつかみ好きだと一言だけささやいて、あわただしく済ませた。
荒々しい恋人の振る舞いを、激しい情熱とカン違いしたのか、ドリーが抱き返してくる。

「いま出ていった客。ヒゲの中年の男だ。上等な黒い上着に黒いズボンはいた…」
「ドルクさんはダメよ! うちで一番いい部屋に泊まってる上客なの。女将さんに迷惑がかかっちゃう。それに連れの若い人がまだ部屋で寝てる」

若い人。心臓が高鳴る。
「すっごくきれいな男の人だって。体が弱くて今も寝てる」
「きれいな…男?」
「センパイは弱々しくて儚げなトコロがステキだって騒いでるけど、アンディの方がいい男だよ。あたしはアンディがいい」

媚びる目を見つめ、髪に手を差し入れながら頼んだ。
「カギをくれないか」
「だから、あたしは何とも思ってないよ。それに眠ってなかったらどうするの?アンディがつかまっちゃうなんて、嫌だよう」
涙ぐむまぶたに口付け、背中を安心させるように叩いた。

「大丈夫、ちょっと確かめるだけだ。ヘマしねぇよ」
「…分かった。他にも今留守にしてる人のカギいくつか取ってくるね。待ってて」
ドリーは裏口に消えたあと、後ろでタリムのため息が聞こえた。

「人がいる部屋に入るなんて、強盗みたいなマネ、俺はやだぜ。俺らは盗られた事にも気付かせない洗練されたやりかたでいくって、誓ったじゃないか」
タリムの抗議にインディは首をふった。ちゃんとワケを話さなければ納得しそうにない。

「あいつは、ドルクさんは城の使いだ。子供の頃に見た。あのころと全然変わってねぇ」
「城の…つかい?」

「俺の生まれた村のすぐ近くに城があったんだ。時々税を受け取ったり買物したりすんのに、あのドルクさんがやってきてた。城主の一番の家来さ」

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