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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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吹いたガラス職人が悪いのか、材料の質がマズいのか。泡粒とムラでひずんだ景色を見ながら、スレイは登録書を埋める過去を考えていた。暑い仕事場はガキの時にこりた。ガラス工房の徒弟だった事は書かないでおこう。

キニルに数ある奉公人の紹介所の中で、ここは下のほう。
できれば給金以外にもお仕着せや小遣いをくれるお大尽の屋敷に奉公したい。けど、手クセの悪さを理由に解雇された身だ。紹介料の高い紹介所には、似顔絵つきの注意書きが回っているかもしれない。

スレイのポケットには銅貨が3枚。今夜の寝床もない。こうなったら、コキ使われるだけで給金も遅れがちな中堅どころの商人や、夜中叩き起こされたり、遺体の清拭なんかもさせられる治療師の助手でもかまわない。明日の食事と寝床があればいい。嫌ンなったら、また金目の物を失敬して逃げりゃいい。

念のため、今度は祖母のシナン姓を名乗ろう。歳は、さて、いくつだったかな。26でいいか。男で独り身。従僕の経験あり。特技はシャツの火ノシかけにしよう。

宿屋にも奉公してたから、料理人の経験ありはウソじゃない。賭場の用心棒時代に学んだケンカも武術には違いない。馬丁の経験もあり…朝の早さにネを上げて3日で逃げたがな。

よし、これで使用人を1人か2人しか雇えない、カツカツの商人や、引退した騎士や拳士あたりからお呼びがかかるはずだ。
人生を切り貼りして作った豊かな職歴を、ガラス越しのぬるい日差しにかざそうとした時、不意に店が暗くなった。

紹介所の前に止まった大きな黒塗りの4輪馬車。紋の無い貸し馬車だが、1日借りるだけで金貨何枚かかるか…上客だ。

御車台から下りてきた男に目を凝らす。歩き方。入ってきた時のほがらかな声。キニル生まれとは違う言葉の響き。整ったヒゲ。イヤミのない笑顔。スキがない。何より立派なお仕着せ。かなり気前のいい主に仕えているようだ。

カウンターでベスタまで同行してもらう召使が1人要ると話す男の前に、書きあがったばかりの登録書を置いた。
「スレイと申します。キニルから離れるのは初めてですが、馬の扱いには長けてます。野遊びやカモ狩りに同行したことがありますので、野外での料理もお任せください」

読み始めた男の視線を見守る。職歴をながめた後、小声で年齢を読み上げるのが聞こえた。まずい。調子に乗って書きすぎた。期間が短い理由を聞かれたら何とウソをつこう。6つの時から奉公に出てた…うん、これでいこう。

「体は丈夫ですか? 持病とかは。急ぎの旅ですし、山道を行くつもりなので。頑健な方でないと勤まらないかと」
「ええ、それはもう。この通り」
拳術の型のマネゴトは、カウンターの向こうのババアの咳払いにジャマされた。

「ウチの店先で勝手に話を進めんどくれ。まだ登録料も紹介料も払ってないよ。それに若い女中が欲しいと言ったろ?」
「考えてみたら危険な道中になるかも知れませんし、男の従僕が良いという気がしてきました。取次ぎの手数料は、この…スレイさんの分も当方でもちます。何より時間が惜しいので」

数枚の銀貨が積まれ、カウンターの向こうに消えた。代わりに雇い主との間で取り交わす、契約書が2枚さしだされた。
「基本的な条件は刷ってあるよ。給金や休暇やこまごました事は、そっちで話し合っとくれ」

お仕着せは急ぐので誂えではなく古着。寝床が馬車の座席。食事は日に3度だが、山越えの際は、乾パンと干し肉スープと干しブドウ。だが給金が並みより上ならかまわない。
それに港町ってヤツにも興味がある。塩辛い水に浮かぶ大きな船を1度見てみるのも悪くない。

署名した契約書を交換して表に出た。
「服は後でもいいんですが、道中の安全のために武器を買ってもらえませんかねぇ」
「ご心配なく。わたくしにも心得はありますし、護衛役はすでに居ますから」

開いた馬車の扉の向こうには、値踏みするような視線をむける若い聖女が座っていた。
「お仕えするのは、こちらのお嬢様で?」
「いえ、彼女が護衛です」

よく見れば傷だらけのスタッフは飾りではなさそうだ。テンプルの戦士や拳士が、たまに隊商の護衛をするという話は聞くが、彼女もそうなのだろうか。
「テンプル仕込みの治療師さんが一緒なら、心強い道中になりますなぁ」

さて、仕えるべき主は若い男か。フードからこぼれた銀色の髪と白くて細いアゴ。なるほど、ベスタの商人がキニルで囲った女に産ませた子か。急ぐというのは父親か本妻の子に何かあって、跡継ぎに担ぎ出されたといったあたりかな。

「はじめまして、スレイ・シナンと申します。誠心誠意、お仕えする所存でございます」
「よろしく、スレイ」
酷薄な感じはしない。スネてる感じもない。少しおっとりした育ちの良さそうな声。うまく取り入れば金品を無心できそうな気がした。

示された席は主の横。恐縮しながら座ってほどなく、馬車が動き出した。ふと、荷物の有無や今の住居の事を聞かれなかったのに不信を感じたが、揺られているうちにどうでもよくなってきた。

元々、前の奉公先から叩き出された時に、家財も着替えも失った。不名誉な理由で職と住まいを変わるうち、紹介者も親戚も愛想をつかして、係累は全て無くなってしまった。

いい機会かもしれない。遠いベスタで、親戚や奉公人からの冷たい視線や陰口にさらされ、孤独にさいなまれる主に取り入って、おいしい思いをするのも悪くない。

馬車は幾つかの店により、いくつもの荷を受け取った。肩にかついで待つ手に渡し、全てが屋根と後部の立ち台に固定されたあと、東へ…夜が迫る方向へ、馬車は走り出した。

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