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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「しばらくは晴れそうだ」
頭上に迫るガケに区切られた澄んだ空。編隊を組んで南下する白い鳥の群れを見上げながら、アレフは安堵《あんど》の笑みをもらした。

振り向けば、高地特有の小さな花を避けて、スレイが石を並べて炉を組んでいた。その横で、ドルクはナベに満たした水に押し麦を放り込み、干し肉をナイフで削り入れている。焚きつけにする木の皮を裂きながら、ティアが干し肉を1本くすねようと手を伸ばす。

刻々と変わりゆく夕昏の光と、バラ色と紫に染まった山嶺。最高の絶景に、誰も目を向けない。

地平に山が見え始めた頃は、彼らも興奮していた。昼ひなかに窓を開け、身を乗り出して行く手を眺めるなどという暴挙をしでかしてくれたが…もう、飽きたらしい。

それとも、高山ゆえの息苦しさと頭痛と動悸に悩まされるあまり、山そのものを、厭《いと》わしいと感じるようになったのか。

キニルからベスタ港経由で森の大陸に向かうには、中央大陸の南岸に横たわる偉大なる月翼山脈がジャマになる。溶けない氷雪と切り立った絶壁が、命あるものを寄せ付けない白き峰。

回避する方法は3通り。

1つは山脈の西端にあって、豊富な地下資源で栄えるウェンズミートまで南下し、沿岸を船でたどる海路。
2つめは山脈の東端にある湿地帯と森を抜けて迂回する、平坦な陸路。

3つ目が、雪を被った翼の合わせ目。南と東から中央大陸へぶつかり沈み込む海底が、押し上げヘシ折って生み出した月翼山脈の裂け目、鳥越えの谷に刻まれたけわしい道。

鳥越えの谷は、古くからある交易路だが、道幅が狭く植物も生えがたい気候のため、グラスロードは敷かれなかった。

だが、ここは白き山脈に抱かれ海に開かれた港湾都市ベスタに直に通じる最短の道。ただし、天候が穏やかならば。

吹雪で半月も足止めされれば、海路や迂回路を選ばなかったのを後悔する事になる。夏に凍死する旅人もめずらしくないと聞いた。薄い空気が平地の者には辛いようだ。

はたと気付いた。
「フタに石を置いたほうがいい。干し肉はまだしも、生煮えの押し麦は困るだろう」
指先から飛ばした火を、風精に育てさせているティアは顔を上げない。反応したのは組み立て式のテーブルに食器を並べていたスレイだった。

「そりゃあ、何のマジナイです?」
「風邪気味の上に腹を壊されては…その、困る」
「はいはい…ご主人様は太った男がお好みと」

従僕が太っていないとベスタでは体面に関わる。最初に告げたいい加減なウソを本気にしてはいないが、真意には気付いてない。

いや、いくらか不審は覚えているのだろうが、横に座るたびに魅了の呪をかけてきた。なにやらカン違いしている気もするが、そろそろ命綱の役を果たしてもらおうか。

最後の村は眼下に遠く、次の山荘は遥か上。呪縛しそこねて逃しても、ひと目に触れる前に連れ戻せる。
 
低い温度で沸きはじめたナベに石を置きながら、ドルクが哀しげな目を向けてくる。

先日、ふもとの村で山越えの無事を祈って、杯をぶつけあった夜だったか。
好意と信頼を寄せられ、あす飢える心配なく眠りに落ちる日々を送るうち、スレイが変わり始めているとドルクが言っていた。信用ならないと思っていた臨時雇いの従僕の心に、自然な仲間意識や忠誠心が芽生えていると。

 だが、噛んでしまえば心は縛られ、細やかな感情の機微は霧消してしまう。血の絆による妄信と奉仕が全てに置き換わる。

(仕方ないだろう!)
心話を叩きつけて車内に引きこもる。出立時にキニルで噛んだ商人の血も、ウェンズミートに向かわせた旅芸人の血も、とおに乾いてしまった。代用品では渇きをなだめきれない。

 馬に与える飼葉を屋根に積むように、リンゴと水の樽を後ろの立ち台に載せたように、身寄りのない奉公人を積んできた。

天候が崩れれば…いや、たとえ晴れ間が続いても、高山をゆく過酷な旅を無事に終えるには、スレイが必要だ。貧血で動けなくなったら、山荘に置き去ると雇う前から決めていた。

「はい、晩メシ」
器に入った麦ガユを手に、ティアが乗り込んでくる。

「せっかくの景色なのに。そんなに使用人と一緒に食うのがイヤなんですかねえ」
「私らが、緊張しないようにというご配慮ですよ」
聞かせる気はないのだろうが、周囲が静かすぎて、ささやき声が閉め切った車内に入り込んでくる。

(今夜、噛むの?)
持ってきたカユを自分でかき込みながらティアが視線を向ける。
(呪縛のためにひと口だけだ)
「難所を越えるまでガマンできない? 失敗したら、逆らえなくなるまで(血を吸って)弱らせるんでしょ。それじゃ足手まといになっちゃう」

まさか、ティアもスレイに好意を抱いているのだろうか。血色の指輪を介して緩やかな絆を結んでいるはずなのに、妙な疎外感を覚えた。

「この山脈は今も高さを増し続けているそうだ。1年で爪の厚さほど」
「なんだ、1万年で人の身長にも満たないじゃん。ファラが生まれた時も今も、そう違わないんじゃない」

「頂に雪を被るほどの高さになるまで、途方もない時が積み重なっている。永遠の命と誇ったところで、山や大地の寿命に比べれば、朝開いて夕べに散る小さな花と大差ない」

「定命の者の一生はもっと儚いから、気軽に摘みとっても構わないって言いたいの?」
空っぽになった器に、カユにまみれたサジを落としたティアが、歪んだ笑みを浮かべた。

「前から一度、聞いてみたかったんだけどさ。
アレフにとって人は何?単なる食料?」

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