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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「私といるのが嫌なら、下りてもいいんですよ」
皮肉混じりの高めの声。駅馬車の窓から、西の地平を見ていたラットルは、慌てて首をひっこめた。共に行くと決めた若者に愛想笑いをしてみせる。
東大陸の時の様に、1人のこるのは避けたい。

灰色の布を巻いた麦わら色の髪と眉。その下のあまり動かない茶色の眼をみると、なぜか全てを見透かされている気がして落ち着かない。相手は6つも年下。鼻にソバカスがうっすら残る、20代の若造のはずなのに。

「今頃キニルじゃ、私らの身代わりが進発式に」
眼を閉じれば一年前の熱狂が、心地よさと共に蘇る。
広場と大通りを埋める数え切れない人の顔。空気を振るわせる大歓声と拍手。この世界の全てを見下ろしているかのような興奮と、面映い高揚感。
この若者といれば、何度も味わえると思ったが…。

「ラットルはあんなものに興味があるのですか。メンターが金集めのために催すバカ騒ぎなんて、わずらわしいだけでしょう」
「でも、次の司教長が誰なのか、万民に知らしめるのは大事なことだと思いますし」
お世辞のつもりだったが、答えたのは詰まらなそうなため息だった。

「司教長に大司教。役職なんてしょせん道具です。私が成そうとする事の助けにならないなら意味が無い。テンプルは金と知識と力を集めて私に提供してくれれば、それでいい」
ご高説ごもっともと神妙にうなづいてはみるが、出世に興味がないとも聞こえる発言の真意は理解出来ない。

「まったく、森の大陸にゆかせたいなら、そう速文に書けば済む話です。バフルから船を出させれば、シリルまではたったの二ヶ月。わざわざ本山まで呼び寄せてからとは…副司教長の底意地の悪さは、害ばかりで益がない」

不意の帰還命令。ついに司教長が暗殺でもされたかと、ラットルは勘ぐった。だからクインポートに自分が残るといってまで、モルの帰還をうながした。メンターに全てを掌握されたら、モルについたラットルは野垂れ死にだ。

「まぁ、そんなコトより、もう1度聞かせてくださいよ。クインポートでのあなたの武勇伝を」
地下の研究室に閉じこもっていたモルにやっと再会できたのは馬車溜まり。出発しかけた馬車の前に立ちふさがり、強引に乗り込んでから、この話をするのは3度目だ。

「あなたが選ばせた町長に助言しながら、私は東大陸の混乱を抑えて、人々を光へと導いてたんですよ。
例の呪われた聖女見習いを炎で浄化しようとしたら、とつぜん風が吹いて黒い雲から激しい雨が」
うなづいているモルの目元が、笑っている気がする。

「私にはすぐに分かりましたよ。あの街を腐らせていた元凶。代理人などという過去の遺物で人々を縛り付けていた吸血鬼のしわざだと。
即座にホーリーシンボルの詠唱に入りました。坂を降りてくる銀髪黒衣の魔物にケンコンイッテキの光の呪法。
ヒザをつかせてやりましたとも」
激しい身振りを交えて語るあまり、馬車の揺れですこし舌を噛んでしまった。

「ですが私1人では…獣人などに恐れをなして逃げた剣士が、もう少しホネのあるヤツだったら、決して遅れはとらなかったものを。むざむざ、罪人を奪われるコトも。まったく、あの役立たずの鈍《なまく》らめが」
私が悪いんじゃない。町の自警団からきた、あの剣士が腰抜けだっただけだ。

「もちろん、日のあるうちに墓所を暴こうとしましたよ。でも私の法力に恐れをなしたのか、日が沈む前に馬車で街から逃亡しまいました。それも私の目の前を。あの手癖の悪い聖女見習いが、私のスタッフをかすめとっていきまして」
首を振り、悔しそうにため息をついてみせる。

「私1人なら追撃するのもやぶさかではなかったんですが…魔物が無事という事は、カウルの城に向かった新入り3人は任務に失敗したということ。彼らの身を案じたら、もう気が気ではなくなりました」
先ほどの失点をゴマかすためにも、ここは少し大げさにしよう。

「急いで山城に向かい、仕掛けだらけの地下通路を抜け、見張りを出し抜き、苦労のすえ牢獄からあの3人を救出したというわけです」
本当は貸し馬車でクインポートに送り届けられてきたのだが、そんな事、今となってはどうでもいい。

「残念なことに、3人の首筋にはキバの痕が。誰かが付き添わねば旅などとても出来ない状態でして。それに早く呪われた地を出なければ、呪縛はますます酷くなり、このままでは転化しかねないと。
それで仕方なくキングポートまで私が付き添うことに。決して、約束を忘れたわけでは」

なぜ、モルは笑みを浮かべる?東大陸討伐からの新しい部下の中でも、少し無能な部類だった3人。だが、任務に失敗し、敵に捕らわれて生き血を啜られたと聞けば、怒るか悲しむものだろう。

「ラットルが全力で頑張ったコトは、わかっています。
ところで、ずっと二番手だった者が、急に一番になったら…どんな気分なんだろうね」
「それは、メンター副司教長のことですか」

「心地いいのか、不安で押しつぶされそうなのか」
「そりゃあ、心地いいでしょう。今まで司教長に遠慮して出来なかった事を、思い通りに出来るんだから」
「じゃあ、1年ばかりそっとしておくのも悪くはありませんか。地下で7年過ごしたセミは、羽化して10日間、飛んで歌って恋をする自由を得る…今度は少しゆっくりいきますか」

これは、森の大陸での吸血鬼騒動を解決したら、いよいよメンターを排除し、マルラウを始末して、頂点に立つという意味だろうか。いくらなんでも30そこそこでテンプルの最高位とは早過ぎないだろうか。開祖モルや英雄モルならいざ知らず。

だが、本当にそうなれば、ラットルも司教位につき、猊下と呼ばれる日が来るかもしれない。

「御身に仇《あだ》なす者を、せっかく私が始末しておいてやろうとしたのに、わざわざ助けるとは。まったく物好きな」
「は?」

楽しい妄想をさえぎった、独り言の意味を問い返したかったが、薄く笑ったまま目を閉じたモルは、なぜか石の彫像めいて、ラットルは話しかけるのを断念した。


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