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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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碧く輝くクジャクの羽。ペンが文字を生み出すたびに揺れる目玉模様に視線が奪われる。確かにいい邪眼よけだ。宿泊費の受け取りを書く亭主の顔から、アレフは目を逸らした。

「選抜試験当日まで、当館をご利用いただけるものと思っておりましたのに、残念です」
孔雀亭は敵対する夜の氏族と、テンプルに知られている。落ち着いて昼を過ごせない。

「すみません。ゆうべ訪ねてきた伯父が、どうしても紹介した宿にしろと」
あの言いたい放題の司祭。貧相な外見に似合わぬ神経を逆なでする不遜な態度。せめて口実として使わせてもらおう。
 
インクが乾くのを待ちながら、紗布ごしに射す朝日に目を細める。亭主の表だけ丁重な態度も気に食わない。昨日はアレフの髪と肌を見て、野良犬でも追うような手つきで追い出そうとした。

老練なポーターが上客だと耳打ちし、このサロンに通された後も、金貨を見せ一泊分を先払いすると言うまで、腕組みを解かなかった。今も、身をひさいで金と支援者を得たか、強請を常習とするならず者の同類と見下しているようだ。

亭主がにらむ通り、モリスは本当の伯父ではない。それに容姿でファラ様の気を引き、今の立場を得たのも真実。だが、やっかみ混じりの悪口も、4百年ばかり聞いていればさすがに慣れる。

それにしても、花街と笑い女達への蔑視はひどい。かつては洗練と典雅を極め、夜の貴婦人として憧れと尊敬を得ていたように思う。この程度の宿、よほど過激な衣装でない限り、門前払いなどされなかったはず。

“夜明け”後、不平等と贅沢は悪徳だと説く教会の元で、妓館は壊され花街は湖岸に押し込められ、卑しき事とされたらしい。街では他の職に就き難い、固定化されたヒトの白変種…白夜の民への風当たりも冷たくなっているようだ。

この街を形作る木材や、煮炊きにつかう薪は、彼らの白い手で切り出され、湖を渡って来たものだろうに。

「立たれる前に、クリームと砂糖をたっぷり入れた香茶はいかがですか?茶葉はシリル産の一級品。美しい紅い水色《すいしょく》が」
「遠慮しておきます」
心にもないことを。朝食に向かう他の泊り客たちの、目配せとささやきに気付いてないとでも?

人を装うために座った遅い昼食の席で、露骨な咳払いと給仕への抗議に、部屋へ追い立てられたのは、つい昨日のことだ。食いっぱぐれたティアのために料理を運ばせ、余分な心づけを払うはめになった。それに部屋で食事を取る演技をしても意味が無い。結局、ドルクと2人で街に出てしまった。

乾いた領収書の金額を確認し、横のイスにかけていたマントに手を伸ばした。旅馬車を手に入れたドルクが、こちらへ戻ってくるのを感じる。市場で買い物をしているティアを拾ったら、どこかの宿で昼を過ごし、日が暮れる頃にはキニルを出る。

だが、これほどキニル滞在が短いとは思わなかった。

選抜試験までとは言わないが、ひと月くらいは滞在するつもりだった。昔から始元の島には招かれざるものを拒む強力な結界が巡らされている。仇がかつてのセントアイランド城に入ってしまっているなら、出てくるまで待つより手がない。

まさか昨日のうちに、この街から出ていたとは…

立ち上がった時、潜めた声と繰り返し向けられる視線に警戒を覚えた。数羽の孔雀が木に止まるタペストリー。その前に佇む2人組みの男。1人はメモをとり、もう1人が指をさしている。見張りだとすれば、まく方法を考えねばならない。

不審そうに見上げる亭主を意識しながら、目を閉じ読心の見えざる手を伸ばす。

すぐに、笑いがこぼれた。1人は酔狂な若者で、もう1人は仕立て屋。昨日の昼に見かけた、この黒衣がいたくお気に召したらしい。似た感じのを作れと無理難題を吹っかけたようだが…丈が合うなら交換してやりたいぐらいだ。

キニルでの滞在中に、旅装を新調する予定だった。着心地には全く不満は無い。ただ、あまりにも己に合いすぎる衣装は、隠しておきたい本性をさらけだす。

だから余計な注目と疑いを招く闇と血の色を脱ぎ捨て、灰色か茶の、少しヤボで目立たぬ旅装に改めるつもりだった。

クリムだったか。バフルを出るとか言っていた、あの仕立て屋。おそらく気付いていたはずだ。所領を捨て全てから逃れようとしていた私の弱さに。

己自身から逃れられる場所などないと、非難と警告が縫い目に込められた黒衣。
不本意だが、これからも付き合うことになりそうだ。

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