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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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白い柱とアーチに支えられた透明な天井。モリスが見上げた青空は湯気でけぶっていた。百人が一度に入れそうな浅い円形の湯舟に身を浸し、古傷が残るふくらはぎを揉む。たぶん明日、痛みが来る。

広い湯殿は光と温かさで満ちている。壁と床を幾何学模様で埋めるタイルは永遠を幻視させる。地下深くから絶え間なく吹き出す温水とナツメヤシが、ここを楽園だと錯覚させる。

頬のかすり傷に手を当てた。孔雀亭の階段下にいたヒゲ野郎、本気で切りつけてきやがった。まったく、夜中に吸血鬼の棲み家なんぞ訪ねるもんじゃない。命がいくつあっても足りゃしない。

いや、ここホーリーテンプルも似たようなものか。地下には実験で作られた魔物。地上は民から膏血を搾り取る法服を着た化け物だらけ。最奥《さいおう》は深い闇に沈み手を伸ばしても届かない。

数千年の昔から変わらぬ白さを保つこの建物も謎だらけだ。
軽くて割れない天井の素材は不明。石に見えるが継ぎ目のない柱の素性も分からない。ヒビがなく水垢のつかない湯船の作り方もよくわからない。

ホーリーテンプルに来たばかりの無知な学生どもは、ここを女王の湯浴み所だと騒ぎ、偉くなった気分でふんぞり返る。モリスもそうだった。カン違いを教えてくれたのはメンターだ。

「確かにここは、闇の女王のために作られた大切な施設だよ。だけどヴァンパイアは水が苦手だ。汗をかくことはないし垢も出ない。風呂には入らない。では誰のための浴場だと思う」

答えが分かった時、あいつの謎かけに潜む底意地の悪さを思い知った。

ここはファラに血を吸われる人間が最後に身を清める為の浴場。死に怯える若者や我が身を哀れんですすり泣く娘が、悲壮な覚悟もって未来を諦めた場所。はたして何万人いや何十万人が、この湯船で最後の安らぎを見出し、闇に飲まれていったか。

それを考えるようになってから、広い湯船に浸かるたび、モリスは台所で大量に洗われているイモの気分を味わうようになった。まったく余分なことをしてくれる。

闇の女王は数年に一度は吸血鬼どもを集めて、会合と称する宴を主催していた。風呂場が広いのはそれだけ大勢の人間が一度に召し上げられた日もあったという事か。

アレフも宴に招待されていたはず。ここで体を清めた人間で喉をうるおしていたわけだ。無性に腹が立ってきた。あの白い顔をアザだらけにしてやりたい。

手にすくった湯を顔に叩きつけ、モリスは冷浴槽に向かった。水風呂で体と心を引き締め、乱暴に体を拭く。法服にソデを通し、しめった髪とヒゲを風になぶらせながら、寮と宿坊の間を早足で抜ける。
どうせここらも昔は、生贄や使用人が使っていたんだろう。

七聖の像が見守る工房は新しく建てられたものだが、図書館は蔵書も含めて昔のまま。授業が行われている講義室も古い建物だ。昔は行政に使われていたのか、客室だったのかは分からないが。

かすかに歌が聞こえてきた。そろそろ太陽の南中時間。夜明け前は宴のための広間だったという壮麗な礼拝堂では、一般向けの講話が行われている頃。

覗くと、美声と黒ヒゲが自慢のレオニード高司祭が、壇上で開祖モルの栄光を語っていた。見習いの少年や聖女候補の合唱に乗せ、抑揚をつけ感情を込めて語る偉業に、うっとりと聞きほれているのは繁殖期の雄鳥のように着飾った金持ちども。

「苦難の中にこそ光ありて、失いし2つのかいなは7人の使徒に生まれ変わりぬ。

闇の濃き時はすなわち夜明けの兆しにて、立ち上がりし御足の元より暁の光は生まれ、やがて世を照らす太陽の力強き輝きと変われり。

そは心の中の太陽、光の子たる我ら人の本性であり知恵の本質なり。

闇を討ち払い全ての人に夜明けの福音を告げる御言葉は光そのものなり。

命の盗人にすぎぬ魔物を畏れるは蒙昧の闇ゆえの事。
明けない夜はなく、人の造りしものは人の手により討ち破られん」

天上から差し込む数十条の光を、壁に埋め込まれた半貴石が虹の輝きに変えて反射し、壇上に立つ者の背後に光輪を生む。白い法服が眩しいほどの輝きを帯びる。高まる歌声に包まれてレオニードはますます尊大に胸をそらす。

陽光を巧みに取り入れる構造は夜に生きる魔物が作ったものとはとても思えない。それとも連中は月光の元でも同じ光彩が見られる目を持っていたのだろうか。

見物を終えたモリスは副司教長室へ向かった。途中、最上階を占めるマルラウ司教長室を見上げる。

マルラウもモリスと同期だった。高司祭だった頃から、メンターとマルラウはモル大司教の後継者争いをやっていた。人望も能力もマルラウよりメンターの方が上だった。

だが、大司教の遺言でマルラウが司教長となりメンターは副司祭長に納まった。おかげで、テンプルは2つの派閥が合い争う、なんとも居心地の悪い場所になった。世界に夜明けをもたらし英雄と呼ばれた偉人も、死ぬ前はモウロクしてたって事か。

高位の職は基本的に終身だ。マルラウが死ぬまでメンターは司教長にはなれない。2人は同い年だ。同時に老いる。

そして今、マルラウは若いモル司祭の言いなりになっている。もう誰もマルラウ派や司教長派とは言わない。連中はモル派だ。そう呼ばれるようになってから、全てがメンターの不利に回り始めた。

どうも森の大陸から来た金髪の司祭は得体が知れない。白い肌色への偏見でガキの時から苦労して屈折しているせいかと思っていたが、昨日、それは違うと感じた。外見や年齢はヤツの一部ですらない気がする。

近しい印象を覚えたのは、昨夜の吸血鬼。いや、あいつは外見や年齢を意識してないだけで分かり易いか。一点だけ疑問は覚えているが、それ以外は底の浅い苦労知らずで素直なガキに見えた。

疑問も、報告がてらメンターに聞けば解けてしまいそうな気がする。
階段を登り終えたところで息を整え、モリスはメンターの執務室に向かった。

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