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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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なんで目を覚ましたんだろう。
ティアは燭台《しょくだい》を見つめた。ロウソクは2/3の長さ。真夜中は過ぎてる。隣の主寝室や控え室に気配はない。あいつら、まだ街をほっつき歩いてんのか。

重いベッドカバーから静かに足を出す。緑の絹に金の縫い取り。本物のクジャクも嫌いだけど、この宿のしつらえや家具も、ハデで重々しくて気に入らない。寝室が扇子《せんす》みたいにつながる間取りはイカガワシイ。

ブーツを脱がず服のまま寝るのにも慣れた。肌着で寝ていられたのは、父親の元で過ごしていた子供の頃。油断のならない道中は服のまま休んだ。テンプルの寮では、すぐに動ける格好で浅く眠るよう仕込まれた。すぐ異常に対処できるように。

天蓋を支える黒い毒蛇の柱。立てかけたスタッフに手を伸ばす。握ると頭も体も澄みわたる。

この続き部屋専用の階段を上がって来る、かすかな気配はひとつ。マクラをベットに突っ込んでふくらみ作るのは間に合わない。
だったら、出会いがしらに一発ブチかます。

扉の横でスタッフを振り上げた。そのまま呼吸を整え、心を静め、空気と壁に同化する。

「起きてるよなぁ、ティーアー」
間の抜けた声がした。
あけると、モリス高司祭がニヤけてた。

「女の部屋に入ると誤解されちゃう時間だと思いますけどぉ」
「仕方ねぇだろ。この程度の宿、キニルに何軒あると思う?一軒ずつ訪ねてオドして買収して…これでも早いぐらいだ」
勝手にイスに座ったモリスが、ブーツを脱ぎ足をもむ。

ニオイに思わず立ち上がった。ごまかしついでに一本だけだったロウソクの火を、他のロウソクやランプに移した。カーテンと鎧戸を開け、ガラス窓だけ閉めた。これで外からでも異常に気づくはず。

「実はなぁ、地下からバックスが逃げてな」
モルに連れてかれた地下で見た、白ヒゲの老吸血鬼。不治の病にかかって、治療薬を求めて旅立ったはずの元司教。目隠しされて、足首と法服の白い袖を、銀のナイフで貫かれ壁に縫いつけられてた。

タマゴを腹にかかえたまま標本にされた、太ったガに見えた。ここ数年間の吸血鬼騒動の元凶。モルの手柄と出世の種。
あれって“試し”だったのかな。あたしがモルの秘密を知っても騒がないかどうかの。

あの頃はアレフを倒すことしか考えてなかった。あんなジジイがどうなろうと、知ったこっちゃ無かった。

「森の大陸に落ちのびたのは、まだ薬草の事が頭にあったのかも知れねぇが」
不意にモリスが黙り込んだ。階段をあがってくるかすかな物音。気配を隠そうともしてない。

「危機感のねぇお坊ちゃん育ちを警護すんのは大変だよなぁ。お互い様だけどよ」
「あたしも一応、お嬢様なんですけどぉ」
「“育ち”だよ。お坊ちゃん生まれとは普通言わねぇ」
納得させられてしまった。

手招きされるまま、クジャク石のテーブル挟んでモリスの前に座る。
「でな、救出したのはバックスの弟子なんだが…そいつがキニルの地下で血族集団を作ってんだよ。あんたんトコのと面倒おこすと、色々となぁ」

「テンプルのお膝元でヴァンパイアが勢力争いはじめちゃ、メンボク丸つぶれだもんね。でも、あたしらが何でキニルまで来たか…ルーシャの報告書で知ってるよね」

口ひげがヒクついた。声を出さずに笑ってる。
「モルを森の大陸に派遣する。シリルで厄介事を起こしてるバックスの討伐な」

モルがテンプルを…始原の島を出る。だったら橋を渡りたくないとゴネてた2人も、文句言わないはず。
心が高ぶった。

「いつ出立するの」
「支度金ふんだくって夕方にゃ出ていっちまったよ。正式な辞令とか広報とかの手続きは、明日からなんだけどな」
モリスが肩をすくめて立ち上がる。

朝イチから旅立ちの準備を始めても丸一日の遅れ。海路、山越え、遠回りだけど平坦な陸路。森の大陸へ向かう道は一つじゃない。途中で追いつくのが理想だけど、港で待ち伏せって手もある。

「時々は手紙だして、生きてるかどうかくらい知らせろよな。オレは帰って浴場で足伸ばして、明日は一日中寝さしてもらう」
アクビと伸びを同時にしてるモリスの先回りをして、扉を開けた。

居間の暖炉に火が入り、シャンデリアのロウソクが灯ってた。
「計算が合わないんだが」
ひと繋がりの部屋から階段に通じる、たった一つの出口を、腕組みしたアレフがふさいでた。

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