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吸血鬼を主題にしたオリジナル小説。 ヴァンパイアによる支配が崩壊して40年。 最後に目覚めた不死者が直面する 過渡期の世界
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「そっちが意識を向けない限り、心話って通じないと思ってたんだもん」
「それは礼儀上で、危急の時は関係ない」
アレフはため息をついてみせた。いつ起こるか知れない災害を即時に伝えられずして、何のための血の絆か。

「だって、父さんはずっと助けを求めてたのに、応えなかったじゃない!」
幌の下に沈黙が降りる。夜道を噛む2つの車輪と2頭分の蹄《ひずめ》の音が、不意に大きくなった気がした。

確かに、初めてティアに意識を向けたのは、火刑に処された時。窒息したティアの蘇生と再生のため指輪を介して力が流れ出した瞬間。
だから殺されようとしたのか。
「すまなかった」
改めて突きつけられた怠慢と逃避の罪は、苦さを通り越して痛かった。

いや、まだ逃避をしているのかも知れない。今むかっているキニルと、そこで犯した大罪から。回り道も、湖岸での滞在も、過去に向き合うのを避けようとしての事なら…あの者達に追われたのは、逃避への罰か。

「でも毒を使うとは思わなかったな。どれくらいで死ぬの?」
「料理に入れたのは眠り薬。夜明けには動けるように…」
「バッカじゃないの。あいつら絶対に諦めないよ」

「だが、副司教長の通達が」
今なら、父に届いた進言と警告の出所がわかる。モルを危険視しているティアの師。クインポートでひときわ立派な楼閣を構えていた貿易商に、血縁で深く繋がる副司教長。

「アレフ様を刺した剣士のヨロイ。わたくしが斧でつけた傷がまだ残っておりました。潤沢な資金による豊富な武具が連中の強みのはずですのに。彼らはとおに独自の判断で動いているのかも知れません」

御者台からのドルクの言葉に、切りそろえた黒髪と強い目を思い出した。真っ直ぐに向けられてきた、揺るがない意思。
「追ってくるのか…4人だけで」

「おそらく馬で。夜が明けたら少しグラスロードを外れた方がよろしいかと。休む時は駅宿ではなく民家に」
「野宿でいいんじゃないの。天気がよければピクニックに見えるって」
ティアは妙にのんきだ。
「彼らと再び戦う事になったとしても。私やドルクが人を殺す事になっても、ティアさんだけは手を汚さないで下さい。2度とテンプルに戻れなくなります」
彼らは私を滅ぼそうとムキになっているかも知れないが、ティアには危害を加えないだろう。


夜間は北を目指し、晴れた昼時だけ南向きに日除け布を張って休んだ。時おり立ち寄る村で日々の糧を調達し、馬を換える。
いつしか、大地を彩る植物は少し色あせ黒ずみ、空と雲もぼやけ、くすんだ色合いとなっていた。

グラスロード沿いの町に寄る時は、目立たぬよう1人で向かい、“食事”も済ませる。しもべとした者達から、黒髪の司祭のことが伝わるたびに、背後に迫る足音を感じた。

「キニルに向かっているのは、バレてんでしょ?」
モル司祭が本山に呼び戻されたなら、討とうとする者がキニルを目指すのは自明のこと。

「だが、あの街には百万もの民が暮らしている。東大陸に住む者が一つの街にかたまっているような混沌の都。紛れ込んでしまえば、安全なはずだ」
「あそこの守備隊、ダレまくってるもんね」

闇に響くティアの笑い声。星の位置から見て、明日にはキニルに入れるはずだ。

その前に、寄りたいところがあった。
「あの丘は、昔のままかな」
「グラスロード沿いですから、おそらく」
馬首を東よりにめぐらせながら、懐かしげにドルクが星空の彼方を見た。

空が白む頃、懐かしく苦い場所に立つことが出来た。キニルをかこむ5つの丘の一つ。南へ向かうグラスロードの脇に、草がなびく窪地がある。

目を覚ましたティアが、夜明け前の冷たい空気に息を白く染め、くしゃみをする。
「何にもない場所ね。城跡の丘よりつまんない」
「そこの窪地で、両腕を断たれたオリエステ・ドーン・モルが開放された」
「モル…教会の創始者の方か。腕無しでよく生き残れたよね。水飲むのも大変なのにさ」

「ガディ・マフとウェデンが迎えに来ていた」
「剣聖と聖女。七聖の最初の2人だっけ」
「2人をここまで連れてきたのはドルク。切腕の刑から丸一日、何も口にしていないモルのために水代わりのワインを託したのは、私だ」

350年前、他の太守が言うように、処刑するべきだったとは今も思えない。あの男は理想を語っていただけだ。あまりにも真っ直ぐな痛みを伴う理想をかかげ、その先に人々の幸福があると信じて走り続けた。

モルの夢に賭けてみようと思ったのは、貧しかったせいかもしれない。毎年の様に出る餓死者。領民の嘆き。土地の生産力に限界があるなら、あとは人を耕すしかない。

世界中で通用する文字と数字。それによって生まれる大規模な商業。実現した時、教会に巨大な富が集中すると予測はしていた。だが、集まる金はしょせん帳面上のもの。実体は伴わないと侮っていた。金がいかに暴力と親和性があるか、分かっていなかった。

「あの時こうしていたら、なんて考えるの、時間のムダ。
ワインを上げなかったら、開祖モルは行き倒れてたかも知れない。ずっと夜は明けないまま。
その代わり、こんなに魅力的なあたしに出会えなかった。それって、大損だと思うな」

冗談なのか本気なのか分からないが、とりあえず笑っておけばいいだろう。

草原と低木の彼方に、霧をまとったキニルの街が見える。城郭もなくのっぺり広がる平原の都市。昼前には入れそうだった。
明るくなっていく道を軽快にかける馬車。馬にも目的地が近いと分かるのかも知れない。

地平線が赤く染まり、太陽が目を射た瞬間、馬がいななき、体が浮き上がった。地面に肩がぶつかり、馬車が横転したと分かった。

他の者の安否と、事故の原因を知ろうと身を起こした瞬間、上から何かが降って来た。細い縄が絡み合い結ばれた…これは網か。

動くたび手足にからむ目の大きい網。引きちぎろうとした腕を貫く刃の痛み。眩しさにやっとなれた視界に飛び込んできたのは、2度と会いたくなかった剣士の不敵な笑みだった。


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